ソチオリンピック雑感1

ソチオリンピックが終了した。何事もなく閉会式を迎えられたのは本当に良かったと思う。17日間という期間、5時間の時差ということで始まる前は結構な競技が楽しめると思っていたが、現地の夜遅い時間に始まる種目が多く、生放送は週末ぐらいしか観ることが出来なかった。翌朝のニュースで一喜一憂するのだが、何度も再放送をしてくれたおかげで、その活躍は十分に楽しむことが出来た。外国人選手の桁外れのパワーに開いた口が塞がらないことがしばしばあったが、それを上回る日本人選手たちの頑張りに何度か目頭が熱くなる時があった。

女子モーグルの上村愛子選手、最後のオリンピックはバンクーバーの時と同じ4位だった。バンクーバーでは「なぜこんなひとつひとつなんだろう」と悔し涙を流して4年後の表彰台を誓ったが、残念ながらその夢は叶わなかった。しかし、彼女の表情には悔しさはおろか、すべてを出し切った清々しさに満ち溢れていた。「メダルは無いですけど・・・」と少しだけ頭を下げたシーンを観た人たち全員が、「お疲れ様」と声を掛けたに違いない。

男子スノーボード・ハーフパイプで銀メダリストとなった平野歩夢選手と、銅メダリストの平岡 卓選手について。平岡選手は18歳、平野選手に至っては弱冠15歳での表彰台となった。この年代でこの競技とくれば「イエーーーイ!!」とカメラに向かってやんちゃぶりを披露するのが常だが、この二人はまったく違う。初めてのオリンピックでいきなりメダルを取ったのだからメチャクチャうれしいに決まってる。そのうれしさを外側ではなく内側で噛みしめているのだ。松岡修造氏の問い掛けに「そういうタイプではないので」とはにかみながら答えた。このインタビューで印象に残ったのは、松岡氏が「優勝候補のショーン・ホワイトが4位に終わって、金メダルのユーリ・ポドラドチコフにハグして優勝を称えていた時、二人はその後ろでお互い握手を交わすだけでしたよね。その輪の中に入ろうとは思いませんでしたか?」という問いに対し、平岡選手が毅然と「入りたくはなかったです」と答え、平野選手も静かに頷いたシーンだった。これ以上の会話はなかったが、自分にはこの二人の強い意志が感じられた。少なくともショーン・ホワイトは二人にとって神のような存在であろう。しかし、まだ十代の彼らにはこの先のオリンピックで金メダルを取るという目標が残った。ここでライバル選手とハグでもしようものなら目標の矛先が鈍り闘争心が薄れてしまう・・・そんな風に感じたからではないだろうか。
最後に二人は、それぞれにここまで応援してくれた人たちに感謝の言葉を述べて頭を下げた。そして、記者会見でショーン・ホワイトからもジョークの効いた賞賛の言葉が贈られた。「彼(平野選手)はまだ15歳だよ。すぐにでも引退してほしいね」

女子ジャンプの高梨沙羅選手。W杯ではダントツの優勝回数で、オリンピックでも金メダル間違いなしと誰もがそう確信していた。だが、いつもと違った雰囲気に呑み込まれ失速、表彰台どころか4位に終わった。これまで大会があれば必ず彼女の名前が挙がるほど、表彰台は指定席だった。オリンピックに向けても調子をキープするために直前まで試合に臨んでいた。だが、ソチのジャンプ台を目にした途端、山田いずみコーチにやたらと「勝ちたい」と言い出したという。初めてのことだったので、大舞台に慣れているはずの高梨選手も不安を抱えていたのかもしれないと感じたという。
自分は技術的なことはまるで分らないが、長野オリンピック金メダリストの船木氏が言うには、「2回目のジャンプで彼女だけに最悪の追い風が吹いた」のだそうだ。それを必死で立て直そうとしたが、風の強さが彼女の技量を上回ったと言っていた。試合後のインタビューで敗因は自身の力不足と、決して風のせいにはしなかった。あるインタビュアーが「追い風の影響があったのではと聞いていますが」との問いにも、「それでも私より遠くへ飛べる選手がいるので、やっぱり未熟なところが出ていたと思います」と、あくまでも自身の責任を強調した。必死で涙を堪えている姿が痛々しかったが、やはりケガで入賞出来なかったライバル、サラ・ヘンドリクソンに声を掛けられると、彼女の目から涙が零れ落ちた。まぎれもない17歳の顔に戻っていた。
お世話になったたくさんの人たちや日本中から届く声援、そして両親への思い・・・これらを背負って17歳の少女があのジャンプ台から滑り降りたのだ。誰にでも出来ることではない。恐らくこれで彼女はまたひとつ強くなった。

雑感2へ続く

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