障害者のいる風景

・ひとつめの風景
毎日新聞に、「女性専用車両利用出来るのに、視覚障害の男性困惑」という記事が掲載されていました。知らずに乗車してしまった女性専用車両で、「ここは、女性しか乗れませんよ」と注意され、冷たい空気に自身も凍りつくような思いをしました。しかも、満員で身動きすることも出来ず、ひたすら目的の駅に着くまでじっと耐えた・・・というものです。以後この視覚障害者は、ヘルパーを同伴して確実に一般車両に乗るようにしたそうです。痴漢対策が、障害者に大きな影を落としています。

この車両には、障害者も乗車することが認められています。鉄道好きが幸いして自分は知っていましたが、いったいどれだけの人がこのことを知っているでしょうか。駅での表示や電車内のアナウンス等、それを促すインフォメーションは、一切されていないのです。「駅間が短いので放送がむずかしい」、「ステッカー等で積極的には知らせていない」と、鉄道会社では対応不足を認めています。周知徹底されていないから「はい、そうですか」と、車両に乗り込むには相当の勇気がいりますが。

点字ブロックやエレベーター、障害者用トイレの設置と、ずいぶんと駅も障害者にやさしい場所となりました。なのに、なぜ上述の車内放送1本が出来ないのでしょう。窓にシールを貼っただけの「シルバーシート」のように、「やることはやってるんだから、あとはあんた次第だよ」的な対応は、その鉄道会社の姿勢を疑います。障害者=交通弱者という考えは、早急に改めてほしいと思いました。

・ふたつめの風景
「五体不満足」の乙武洋匡さんが、都内の小学校に赴任しました。以前から彼のポジティブ&アグレッシブな生き方には、いつも驚かされていました。執筆活動や、スポーツライターとして世界を飛び回ったり、大型のRVを運転して取材に出掛けたり。そして、今度は通信制の大学で教員免許を取得しました。まだ始まったばかりなので、これからの活躍に注目したいと思います。

この「風景」を書こうと思ったのは、今朝の情報番組で、乙武さんが教員免許を取得するに当たり、某小学校で1ヶ月間の教育実習を行った模様が紹介されたのを観たからです。どのように生徒(2年生)とコミュニケーションを図るのだろうと、自分はかなり真剣になっていました。
国語の授業風景が流れました。左肩と頬でチョークを挟み、器用に漢字を書くのですが、黒板に向かって正面と右側に座っている生徒には、その書き順が見えません。すると乙武さんは、一画ずつ漢字を書いて書き順を示しました。確かに時間はかかるし、書いている最中に話をすることは出来ませんが、生徒たちの目は真剣そのものでした。

体育の授業だって、なんの迷いもなくやってのけます。体育館で目標物に向かってボールを蹴るのですが、補助機器から降りた乙武さんは、素早くボールを追いかけ、散らばったボールを、あっという間に集めてしまいます。
昼休みも補助機器から降りて、子供たちと校庭で膝立ちでの相撲に夢中。当然泥だらけになりますが、みんな大声で笑いながら実に楽しそうでした。

そして場面は、最終日の教室。生徒手作りのお別れ会の後の給食。盛り付けを待つ列が、なかなか進まないんです。実は、別れを惜しむ生徒たちが泣き出してしまい、それどころではなくなってしまったからでした。別れの悲しさで、今の子供たちが声を出して泣くことに少し驚きましたが、その姿を見て年甲斐もなくもらい泣きをしてしまいました。ダメなんです、こういうの。涙腺がすっかり緩くなってしまった・・・。

じっとしていられない年代の子供たちを相手にするのですから、乙武さんの体への負担は相当なものだと思います。実際、目の下にはクマが出来ていました。でも、乙武さんはVTRの最後に、こう言っていました。
「世の中には、いろんな人が普通に暮らしていることを伝えたい」

同じ日に出会った、ふたつの風景。疑問に感じていることや、今まで経験しなかったことを、誰もが「普通」に受け止められる世の中になってほしいものです。

コメント

シチューパン #3p3E4xCk

 自分の職場には、特別支援学級が4つあります。肢体、知能、情緒、難聴のクラスです。生活の場面を共有することは互いの理解が深まることです。だから、それは良いことと思います。
 でも、えてしてその級の保護者の方が、障害については通常級の子に言わないで欲しいとおっしゃるのです。そうなると、通常級の生徒は何をどうやって付き合っていったらよいかもわからずに、自分を基準にできること出来ないことを考えて付き合うことになり、きしみが出ます。
 大事なことは、認めることだと思うのです。自分のできること出来ないこと、人の出来ること出来ないこと、その上で相手にしてあげられることは何かを考えられる社会にならないと、きっとともに気持ちよく生きていくことが出来ないだろうなと思います。その意味では乙武さんのチャレンジは大きな意味がありますよね。
 今学期、難聴級の生徒が図書委員会に参加します。自分にとっては嬉しいことです。ちょっと委員会に手話のコーナーなんか作って、出来ることを互いに広げていけたらと、ちょっとわくわくする春です。

2007年04月08日(日) 07時20分 | URL | 編集

あきは #a7gum4DI

二つの風景、わたしもみましたよ。

せっかくの素晴らしい、アイデアやサービスがあっても、積極的に告知しない事が多いように感じます。

役所関連が請求するものは、とことん連絡してきて、忘れようものなら、再請求してきますが、弱者側が受けるサービスは、多くが、弱者側から申請してじっと待たなければいけない事が多いと感じます。

それに、弱者に対しての多くのサービスを進んで告知せず、調べつくすとか、たまたま役所や図書館や公民館に立ち寄った時に知って…って事が多いです。

現在も郵便局の「青い鳥葉書の配布」についてのサービス受付が始まりましたが、結構知らない方が多いです。

乙武先生に教わる子供達が、素敵な心を持った大人になってくれそうなので、時たま、様子を知りたいなぁ…まあ、乙武先生や子供達に負担がかかると困りものですが^^;

2007年04月08日(日) 18時23分 | URL | 編集

あきは #a7gum4DI

シチューパンさんへ

ご無沙汰です。

難聴級の図書委員…活躍が楽しみですね。

「手話」コーナーの端っこでもいいです、「要約筆記」のことが書いてある本も良かったら仲間に入れて欲しいな。(種類が少ないと思いますが^^;)

中途失聴の方々や、加齢による聞こえの悪い方などへの情報保証の「要約筆記」です。

手書き要約筆記が多いですが、近頃では、PC要約筆記が、多人数の集まりや講演会や、身障者スポーツ大会などの、開閉会式の情報保証に活躍しています。

2007年04月08日(日) 18時32分 | URL | 編集

ギターオヤヂ #QjtTlS4.

シチューパンさん

障害を持つ子供たちの親御さん自ら、壁を作ってしまってるんですね。
悲しいなぁ、子供同士のまともな交流が出来ないなんて。こういう機会を経ることで何かを得て、子供たちが成長して社会に出た時に、それをどんな形でもいいから提言してほしい・・・と思っています。
再三書いてきたことですが、シチューパンさんの言うように、障害を受け入れること、出来ないことを認めること。そして障害者に対して、自身に何が出来るのかを考えられる、生徒・学校・社会になってくれることを切望します。

同じ記事にコメントして下さったあきはさんについてですが、手話を始めとする聴覚障害者への活動支援に尽力されている方です。何かの機会があった時に、情報交換などしていただけると、オヤヂとしてはうれしいです。

2007年04月08日(日) 23時21分 | URL | 編集

ギターオヤヂ #QjtTlS4.

あきはさん

福祉だけに限りませんが、行政の対応というのは一向に改善されませんね。生活していく上で、福祉の重要さが、どうしても軽視されているとしか思えません。人口の比率から見れば、障害者の数はほんのほんの一握りでしょう。シチューパンさんのコメントにも書かせていただきましたが、一握りだから後回しにするのではなく、子供同士の交流をきっかけに、このような対応を払拭していってほしいと思いました。
乙武先生にも、エールを贈りたい!!

2007年04月08日(日) 23時33分 | URL | 編集


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