地元コミュニティーFM局が・・・

つまらない。
以前は自身がレギュラーに起用していただいたこともあれば、ある番組で鉄道をテーマにしたコーナーを担当させていただいたこともあった。番組に手作り感があって、例えると学校の放送部と民放FM局の中間のような存在だった。決して敷居が高い訳ではなく、それだけにパーソナリティーが身近な存在で、オマケに小回りが利く、「コミュニティー」のメリットを目いっぱい生かしていたFM局だった。

ただ、ここ1~2年の様子がどうもおかしい。いつの間にかパーソナリティーの名前が聞かれなくなり、そして番組も長く続かない。内容もパッとしない。「地域にぴたっと」というキャッチフレーズの真意を問いたくなるぐらい、パーソナリティーとリスナーの距離が離れてしまった。これは「コミュニティー」にとっては致命的のように思うが、局側はそれに気付いているのだろうか。

人が辞めていくのは、会社の最高責任者の方針に同調出来ない、信用してもらえない、扱い方が不公平・・・という理由が多い。コミュニティーとて企業であるから、営利優先で業務を展開するのは決して悪いことではない。ただ、それが必要以上に人件費を圧迫したり、やる気を殺いでしまうことになれば、自身の可能性を生かすために新たな職場を求めることになる。実際他局のコミュニティーに移って番組を担当しているパーソナリティーもいるし、つい最近では最も戦力となる中堅営業マンが退職してしまった。

自身も聴きたいと思える番組がずいぶんと減った。お世話になったパーソナリティーとはたまにメールを交換しているが、首の皮一枚でその距離を繋いでいるとしたら、それはパーソナリティーの人柄のように思う。伝えることをしっかりと伝え、且つリスナーとコミュニケーションを図ることが出来る人の番組は、忙しい時でも何とか聴きたいと思うものだ。リスナーとの窓口を大切にするパーソナリティーを支持したくなるのは当然の成り行きだ。

昨年の「東日本大震災」では、情報提供に地元コミュニティーFM局が大活躍したという。「○○町の△△さんが、□□避難所におります」「本日自衛隊のお風呂サービスがあります」、こんな情報は民放FM局では流れない。スタッフが瓦礫の中を走り回って様々な情報を集め、新鮮なうちにそれを電波に乗せる。被災者にとっては有難い存在だったに違いない。もちろん現在も地域のために東奔西走しているという。
静岡県を大地震が襲うと言われて久しいが、万が一の時にこの局は同じ対応が出来るだろうか。そういう時こそ「コミュニティー」としての真価が問われるが、ここのところの状況から推察すると、何一つ満足に事を運べない姿が容易に想像出来てしまうのだ。

このコミュニティーFM局、いったいどこに向かっているのだろう。

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