久しぶりにラジオネタです

 相棒の番組「Ricky de Night」に毎月最終の金曜日にお邪魔していますが、その中で「オヤヂの目」と題したコラムを紹介しています。今夜は放送日だったので、さっそくご紹介したいと思います。

 <ふたつのオリンピック>

 4年に一度のスポーツの祭典「オリンピック」が、この夏北京で開催されました。トップアスリートたちの活躍に、世界中がテレビの前に釘付けになったことでしょう。日本選手団も期待通りの結果を残したり、そうではなかったり、はたまた無名選手がメダルを獲得したりとまさに悲喜こもごも。ソフトボールは未だに金メダル効果で、試合はいつも超満員が続いています。

 ところで、圧倒的な規模と華やかな「オリンピック」のあとに、もうひとつのオリンピックが開催されるのをご存知でしょうか。身体障害者のオリンピック「パラリンピック」がそれです。9月6日から12日間にわたり、各国から4千人のアスリートが参加して、同じ北京の競技場で開催されました。「パラリンピック」とは、平行の「パラレル」と「オリンピック」を併せた言葉で、「もうひとつのオリンピック」を意味しています。1988年のソウル大会から同一開催地となり、ようやくその存在が知られるようになってきましたが、少なくとも日本では残念ながら盛り上がりは感じられません。

 障害を抱えているとはいえ、アスリートたちのレベルの高さは相当なもので、どの競技を見ても並みの健常者の身体能力をはるかに上回っています。車椅子などの器具を改良したり体の使い方を工夫して、それを見ているだけでも「オリンピック」にひけをとらない迫力を感じます。
 また年齢も幅広いために、町内のおじいさんおばあさんという雰囲気の方がメダルを獲得する姿も妙に親近感が湧いてきて、表彰台に上がるのが決してスター選手ばかりではないことに、新鮮な感動を覚えました。

 それなのに、なぜこれほどまでにテレビ中継や報道量が極端に少ないんでしょう。「オリンピック」では連日連夜放送が途切れることはありませんでしたが、「パラリンピック」となるとスポーツニュースでメダルの数や獲得した選手を紹介するのみで、NHKでさえ週に1~2時間程度の放送しかされませんでした。この温度差っていったい何なんでしょう。

 「パラリンピック」の放送は、ひと握りにすぎない障害者の祭典としては、商業的に利益を生まないからでしょうか? プロ野球の記事に弾き飛ばされるように隅っこに小さくしか掲載されないのは、報道する価値に差があるからでしょうか? マスコミの思惑はどうであれ、報道量の少なさが「パラリンピック」の存在を軽くしたり、知名度を低くしているような気がしてなりません。

 毎年夏になると、某民放テレビ局が24時間のチャリティー番組を放送し、これでもかと言うほど「感動」「涙」という言葉を連呼します。多くのタレントが全国へ出掛けて行き、障害者とイベントに参加したり募金を呼びかけます。そんなテレビ局が「パラリンピック」の中継をひとつも行わなかったことに大きな矛盾を感じ、思いの丈を自筆の手紙にして送りましたが未だ返事はありません。

 ヨーロッパ各国では「パラリンピック」の中継を、ケーブルテレビを通じて連日放送したという記事が、あるタブロイド紙に掲載されていました。「オリンピック」も「パラリンピック」も同じでなくてはいけない、という考え方が根底にあるのだそうです。福祉が進んでいるヨーロッパならではの発想だと感じました。その福祉にさえ私利私欲の匂いがする日本に、そういう風が吹くのはいったいいつのことでしょうか。


 10月10日(金)から秋の番組改編により、放送時間が19時スタートに変更となります。また、自分が半年振りにレギュラーとして復帰することになりました。聴取エリアのみなさん、改めてよろしくお願いします。
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