新採用保育士研修会

2/21~2/23の日程で、標記研修会が行われました。リッキー久保田からの依頼があり、彼の講義が行われる最終日に、お疲れ様の意味で歌をプレゼントしてきました。一昨年に初めて参加させてもらった時は、「ピアノが苦手で、保育士になることに臆病になっている」研修生に対し、「何も楽譜通りに弾かなくても大丈夫」ということを理解してもらうために、「なごり雪」と「Let it be」を同時に演奏したり、あれこれ工夫をしたライブをやってみました。これが、園長先生たちにすこぶる評判が良かったんですね。

今年は80名を班分けし、5~7分間の持ち時間に、何でもいいから全員で発表を行うというテーマが与えられました。初対面、団体行動に慣れていない若者たち、休憩時間にしか練習出来ない、という条件をどう克服するのか。スタッフたちは、とても楽しみにしていました。

そして昨日午後から、クジ引きをして研修生たちの発表が始まった訳です。トップバッターは、園長たちによるフラダンス。ムームーをまとった姿に拍手喝さい。まずは掴みはOKと言ったところでしょうか。続いては寸劇の「桃太郎」でした。それぞれに役割分担をして、簡単な台本を頭に叩き込んでの熱演。途中台詞が飛んだり、段取りを間違えてしまったり、そのリアクションを見て全員が大笑い。
その後、手話を交えて童謡を合唱したり手遊びを行う班がありましたが、研修生たちを親御さんに見立てた、現場での実践を想定した発表がなかなか考えているなと感じました。かと思えば、寸劇を自分たちで創ってしまい、「餅レンジャー」というヒーローが活躍する班も登場。バスタオルのマントに、防災用のヘルメットを被り、悪者を倒した後は全員で遊戯を行うという、よく練り上げた内容でした。
そのすぐ後に、DJ OZMAの「アゲ♂アゲ♂EVERY☆騎士」を踊った班が登場しましたが、ただ踊りを真似ただけだったので、最初はウケたものの次第に室内は静かになってしまいました。このあたりの反応は、研修生たちが気付かないうちに、幼児たちへの教育にふさわしいものか否かを、判断しているのかなと感じました。「3匹の子ぶた」の寸劇も登場しましたが、同じ寸劇でもそのような反応が感じ取ることが出来ました。
発表の最後は、特別に参加したリッキーの教え子たち(大学生)が、「アルゴリズム体操」を披露し、当然のことながら研修生全員でこの体操を行い、大いに場を盛り上げていました。

発表の後は、職員で結成されたバンド「騒動坊主セピア」が、「白い雲のように」(猿岩石)など2曲、我々「F&R」が「22才の別れ」「案山子」を披露。そしてこの2バンドによる「5分間」の発表は、井上陽水の「夢の中へ」を歌いました。練習時間は30分、楽器とパートを決めたぐらいの内容で、無難に演奏することが出来ました。オヤヂたちも、やれば出来るというところを見せたかったのですが、研修生たちの目にはどう映ったでしょうか。

全体の感想ですが、どの班も限られた時間の中で、かなり頑張ったなという印象でした。ただ発表をすればいいというのでなく、幼児が喜びそうな内容で、しかも全員を巻き込んでどうせなら大勢で楽しもうという姿勢が、よく伝わってきました。いい意味で裏切られたなと。
それと、たった3名の男性保育士が、物怖じすることなく女性たちといっしょに発表に臨んでいたことが、何だかうれしかったです。
スケジュールの最後にレポートを書いていましたが、どんな感想を書いているのか、出来れば読んでみたいと思いました。この発表会の模様はHPに掲載していますので、よろしかったらこちらをご覧下さい。

蛇足ですが、こんなこともあったそうです。
研修会場に到着した時、リッキーがこんな話をしました。
「さっきの講義中に、ずっと私語をしていた二人の研修生に、やる気がなかったら出て行ってくれない?って言っちゃったんだよ。かなり長いことやってるけど、こんなこと言ったの初めてでさ」
その二人は私語はやめましたが、出て行くでもなく謝ることもしないまま、最後まで講義を受けました。そして講義が終了した後、リッキーの元へ来て初めて謝罪をしたそうです。そこで彼女たちへのひとこと。
「これから人に教えなければならない立場の者が、悪いと感じた時になぜすぐに謝らなかったか。学生気分で臨んだ自分たちが、この研修で教える側に立場が変わることを認識していない」

常に自分の世界が先行して、たとえば園長と話をする場合でも、まるで友達と話しているかのような言葉遣いを平気でする研修生たち。
「誤字脱字にしても言葉遣いにしても、この職業は親御さんからの信用を失ってしまったら、そこでおしまいになっちゃう。若いからとか時代が変わったからと言って、許される職業じゃないことをわかってほしい」
という、彼の思いやりが伝わってくるひとことでした。

コメント

あきとまと #-

蛇足の方ですが、全くその通りですね。
昔の映画に「聖職の碑」というのがありました。
教育現場に「聖職」という意識は既になくなり、この映画も舞台となった土地でも生徒に見せなくなったと聞いています。

どんな職業であっても、他人を指導する場面は万人に訪れると思いますが、心構えや根底を支える愛自体が希薄では、簡単な事でも伝えられなくなりますよね。
リッキーさんの姿勢に感服いたします。
自分も、人のマナーの悪さを嘆く前に、自分の心構えをもう一度見直さなくてはと思いました。

2007年02月25日(日) 05時06分 | URL | 編集

ギターオヤヂ #QjtTlS4.

あきとまとさん

実は、自分が言いたかったのはこの蛇足の部分で・・・。
「わかってよ!」と言っても、自分のペースを守って長いこと生きてきた訳なので、そう簡単にいかないことぐらい彼はお見通し。でも、研修前に自分なりの「切り替え」を何もしてこない研修生たちに、リッキーは苦言を呈しました。あきとまとさんの仰るとおりです。

彼は昨日も神奈川の大学で講義を行い、帰りに電話をくれたのですが、「(研修生たちに)頑張ってほしいよね~」と、気にかけていました。

2007年02月25日(日) 07時31分 | URL | 編集

紅緒 #TEzGU1vU

「思いやり」の気持ちで・・・

こんばんは。
私も学生から急に教師になった訳ですが、教壇に立ったときに自分が学生側の時にはこれぐらいなら私語をしてもバレていないだろうな!と隣の人とお喋りをしたりしていることが、教壇に立ってると丸分かりで…先生に申し訳なかったなぁと反省したものです。
私に「これぐらいなら…」というのが甘いとか、相手に失礼であることの認識が足りていないからだったのです。
教師というものは習う側からいきなり教える側になるので、一般企業のように上司に揉まれる事もないまま、教える側に立つ訳です。人に気を遣うことなく教える側に立つのです。その職業の重さを教師になってから痛感したものです。
部活動などで先輩、後輩などで人間関係の難しさを肌で感じているとまだそういった「人の話を聞く」ことに対して敏感なのでしょうが、そういった体験がないまま社会に出ると、場の空気が読めずに苦い経験をすることや恥ずかしい思いをすることもないまま社会に出てしまうのでしょうね。

リッキーさんの「思いやり」の言葉はきっと私語をしていた研修生にとっては厳しい言葉だと思いますが、どこかに「これぐらいなら…」といった気持ちの緩みがあったのだと思いますので、今回の体験によって今一度、自分の職に対して真剣にまっすぐに向き合えたと思います。

私たちの子供の頃は「相手の目を見て話を聞く」というのが当たり前でしたが、この頃は相手の目を見て話をするのが苦手な子供が増えてきているように感じます。(我が子や我が子の友達と話してみて)
リッキーさんのように「思いやり」をもった言葉で、相手としっかりと向き合ってどんなお付き合いであっても実のある「時」を過ごしたいものだなぁと刺激を受けています。

あらら…今回も何が言いたいのか?分からなくなってきてしまいました(汗)


2007年02月26日(月) 19時03分 | URL | 編集

ギターオヤヂ #QjtTlS4.

紅緒さん

実際に教壇に立たれたことがある方の発言は、やはり重みがありますね。自分は実習しかしていないので、頷くのみです。子育てに関しては、これまで親としての見方しかしていませんでしたが、リッキーとともに講演会や学生さんたちとの交流の場に臨むと、教育の現場での問題や若者の姿勢が見えてくるようになりました。ありがたいことです。

リッキーも含めて紅緒さんのように、親が教員というご家庭では、お子さんはどのような感覚で毎日をすごしたんでしょうね。そのような話を、お子さんとされたことはありますか?またお時間があったら教えて下さい。

2007年02月26日(月) 20時34分 | URL | 編集

紅緒 #TEzGU1vU

未熟者の私です!!

こんにちは♪
親が教員の家庭では子供はどのような感覚で過ごしていたのか?そのような話は実は子供と特別に話したことはないのですよ(苦笑)
ただ、上の娘が教育実習に行った際に少しアドバイスをしたぐらいですかねぇ~…。これは子供から相談を持ちかけてきたからです。
自分が感じていたことなのですが、どうしても自分が経験していると(教員とかに限らないとは思いますが)上に立って物事を話す傾向にあるのではないかと思うのです。
これは家事に関しても同じで、子供のお手伝いの気持ちを広く大きな心で見守ってあげることができすに…失敗という体験をさせればいいものを、先走って教えてしまったりすることも含めてです(汗)
子供が素直に「聴く耳」を持っていてくれればOKなんですが、子供が「うるさい」と感じる時もよくあったようなんです。
子供の頃、私も「親って頭ごなしに偉そうに言ってばかりいる」と感じてた時がありましたので、自分の子供にはなるべく「私ならこう思う」といったように接してきました。それなのにいざ、自分が親になってみると私も上から物を言う傾向にあったのですね(恥)
子供が悩んでいる時にも「私ならこう思う」と自分ではうまくアドバイスをしたつもりでも、子供には「私とお母さんの性格は違うのだから、そんなに簡単にはいかない!」とピシャっと撥ね付けられたこともあります。
時代も環境も性格も違うのに…それに付いていけない未熟者の私ですので…なるべく心のアンテナを張って子供や周囲の方に対して敏感に感じる事が出来るように柔軟でいたいと思っているのです。
こうやってギターオヤヂさんや子供に刺激されて日々勉強だな!と感じています。
話が反れてしまって…申し訳ないのです。

また、先日テレビで「県庁の星」を観たのですが…自分の狭い世界観だけで生活していると、自分の考え方も偏ってきますので、いろんなことを知る、見る、分かるなどのための好奇心を持って視野を広げていけるといいなぁと思っています。
これからも…どうぞ宜しくお願い致しますね!!

2007年02月27日(火) 14時02分 | URL | 編集

ギターオヤヂ #QjtTlS4.

紅緒さん

同じ道筋を歩むのが普通なのかもしれませんが、その時代に置かれている子供たちの環境が違うと、胡散臭く思われたり反感を抱かれたりしますね。自分の父はとても厳しい人間で、口答えしようものならパンチが飛んできました。話を聞いてもらえなかったことがずっと心に引っ掛かっていたので、長男に対しては出来るだけ会話する時間を多く取るようにしています。注意する時は、要点を押さえていつまでもダラダラ言わないように。

<ギターオヤヂさんや子供に刺激されて日々勉強だな!と感じています。
こちらこそ!です。いつも記事を真剣に読んでいただいて、貴重なコメントにとてもうれしく思っています。ブログを始めてよかったなぁと。
お互い好奇心を持って、日々前向きに生きたいですね。

2007年02月27日(火) 20時34分 | URL | 編集


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