やはりネパールへ行きたい

大型で非常に強い台風4号が近づいています。これまでの大雨と相俟って、沖縄・奄美大島・九州方面で甚大な被害が発生しています。言葉だけで申し訳ありませんが、被災された方々に心からお見舞いを申し上げます。自分が住んでいる場所も予報円の中心を通ると、恐らく頭上を通過するようなコース取りです。十分に注意したいと思います。

リッキーから依頼されていた、ネパール本の校正が終わりました。5回読み直しをしたので、句読点や文法的な部分は大丈夫だと思います。いろいろと地名が出てきても位置がわからないので、「地球の歩き方」を購入して校正の参考にしました。
nepal.jpg

この後10枚ほどのイラストをスキャンして、サイズを変えながらはめ込んでいく作業となります。ただ、その場所の名前を記入していないものがあるし、文章量に対してイラストの数が多いので、扱いについてはリッキーと相談しながら進めていこうと思います。肝心のリッキーの原稿が上がっていないので、枚数によってはちょうどよく吊り合うかも。

今回執筆に参加しているのは、高校教諭1名、学生4名。教諭の方以外は日記風に、出発から帰国までを感情丸出しで書き綴っています。やはりネパールという国は空港から一歩出た途端に、裕福な日本人の度肝を抜くほどの現実を叩きつける場所なのです。

特に若い学生は、自身の思い描いていた世界が音を立てて崩れていく様が書かれていて、あっという間に期待と不安の割合が逆転してしまいます。勝手に荷物を運ぼうとする子供たち、車線のない道路を無秩序に走る自動車や自転車、道端に山のように積まれたゴミ、漂う異臭・・・。この国で10日間も暮らしていけるのかという心細さを、誰もが吐露しています。
その反面、戸を閉めると真っ暗で原始的なトイレや、蛇口をひねるとオレンジ色の水が出てきたり、食生活の違いに関しては「こんなもの」という意外な反応が。これがツアーだったら、金を返せということにもなりかねません。

いくつもの学校を回りながら、あちこちで大変な歓迎を受けたり、生徒との会話(英語)で親睦を深めたことがうれしいと書かれたあった反面、同じ国の子供でありながら制服を着て学校で勉強出来る子供と、片やボロボロの身なりで学校に通えない子供とのギャップを目の当たりにして、その貧富の差に驚いたこと、はたまた孤児院を訪れた際に、1歳になる男の子だけが最後まで笑ってくれなかったこと等、やはり現地でないと感じることが出来ない光景に絶句したとも書いていました。

興味を引いたのは、それぞれが同じ状況の中でお互いの心境を想像して「あいつはこんな風に感じているはず」と書いてある部分。その「あいつ」の日記を読んでみると、これがまったく違う感想が書いてあったりして、思わずクスッときてしまいました。

リッキーは、すでにネパールへは10回訪れています。若い人たちには出来るだけ痺れる思いをしてもらおうと、飴とムチを使い分けていました。たとえば11時間もトランジットタイムがあるバンコクではほとんどを自由時間にし、次の集合場所をネパールの空港出口に定めたり、既述の学校での自己紹介は英語でするように決めたり。かと思えば、土産物屋での値切りのテクニックを実践で披露したり、さすがはネパール隊の隊長だけのことはあるなぁと。

ポカラという町にある標高1,300mほどの「サランコットの丘」からは、ヒマラヤ山脈のマチャプチャレ(6,993m)やアンナプルナ1(8,091m)が真っ赤に染まるご来光を拝んだり、パシュパティナートというヒンドゥー教寺院では、バグマティ川の脇にある野外火葬場で実際の火葬を見、死への向き合い方が変わったという学生もいました。
途中、水か食べ物かはたまた風邪か、何名かが吐き気と下痢に襲われ、2日ほどダウンしたりもしましたが、帰国の時には全員がまた訪れたいという感想で締めくくられていました。

nepal2.jpg

前回(2003年)の訪問の際も、「それぞれのナマステ」という300ページほどのネパール本を自費出版しています。講演の時などに受付等に置いてもらい、お買い上げいただいた分を次回の費用に充当させていただいています。大人たちが執筆しているので、今回の原稿と比較するとネパールという国についての受け止め方の比較が出来て、とても貴重で面白い本でした。

観光旅行に出掛ける人はたくさんいます。学生さんは、「卒業旅行」「ゼミ旅行」という名目で外遊を楽しんでいます。確かに、楽しければそれでいいのかもしれません。でも、せっかくの若い時代の「出掛けっ放し」旅を、自分は勧めたくはありません。時間とお金とエネルギーをかけるのだから、どうせだったら一つでも多くの事を考え、学べる旅が大事だと思うのです。

小冊子の編集はまだ途中ですが、ますますネパールへの思いが強くなりました。自分の目で見たこと感じたことを、写真と文章で残すことが出来たら・・・そう考えるとワクワクしてきます。
しかしながらそこへ出掛けるためには、まず体を元通りにしなくてはなりません。カミさんには多くの心配をかけたからです。それから家族の了解を得た上で、初めてその一歩を踏み出せるのだと思います。焦りはありません。ネパールは逃げやしませんから。

コメント

ピンピンシニア #-

海外はほとんど行ったことが無いので、ネパールに限らずどこでも行ってみたいです。
今は、どこも開発されて昔の姿をしている場所は少ないのだとか。
昔テレビでやっていた、兼高カオル世界の旅、あの当時のほうが、世界旅行の楽しみがあったと思います。
もっと言えば、宝島の時代の航海は男の世界だったんだなあと思います。

2007年07月14日(土) 05時52分 | URL | 編集

シチューパン #3p3E4xCk

 自分も現地へ行ったことがないので、色々な場面でえらそうなことは言えませんが、上目線でボランティアを考えていたり、同情心で行動をしたりすると、現実を向かい合った時にくじけるということは知っているつもりです。
 経済発展のバランスが悪く貧富の差があるところは、たいてい、庶民の教育が十分でなく、上を目指すための基本的な力をつけないまま大人になって、できることが限られた中で生きていく人が多い事実があります。
 自分の名前が書けるだけで、携帯電話を持つだけで、生活環境が劇的に変わったところもあると聞いています。
 その意味では、物資を送るという対症的なやり方と同時に、学校を作る、教育の機会を作るという本質的な支援が大事なんでしょうね。
 ダルニー奨学金の関係で、当校からタイ方面に交流のための生徒が3人、夏休みに出かけます。けっこう、観光気分があるようですが、現実をしっかり見つめてきてもらえればと思います。
 自分も、色々な意味で生活に余裕が出来たら、そういった活動をしたいなぁ。

2007年07月14日(土) 05時53分 | URL | 編集

海月 #9xVGaoVI

おはようございます

心配をおかけしまして
本当に申し訳ございませんでした。
やっと復活出来ました(^-^*)/

凄い台風が向っていますよね…
うちはとても古いので、弟が雨戸が飛ばないように
板を打ち付けたりしています^^;

ネパールは行った事がないのですが
香港に行った時、差が激しくてビックリした事がありました・・・
みんなが笑えて、みんなが幸せで
みんなが平等で・・・
そんなふうに暮らせるようになりたいですよね。

これからも宜しくお願いいたします(*^^*)

2007年07月14日(土) 07時10分 | URL | 編集

ギターオヤヂ #QjtTlS4.

ピンピンシニアさん

以前の仕事の関係で、東南アジアはよく行かされました。「エッ、こんなところが?」と思う場所まで人の手が入って、「エッ、こんなところまで?」という町まで日本人の姿を見ました。そう考えると、確かに「兼高カオル世界の旅」の頃は、自分にとって外国は夢の国でした。開発もほどほどに・・・と願うばかりです。

2007年07月14日(土) 20時18分 | URL | 編集

ギターオヤヂ #QjtTlS4.

シチューパンさん

「できることが限られた中で生きていく人が多い事実」、まさにその通りだと思います。ボランティアという目的を持って出掛けていっても、初めて見たカトマンドゥの町でカウンターパンチだったらしいので、やろうと思っていたことが一瞬で頭から消えてしまったそうです。
観光気分で出掛けて、ボランティアなど出来る訳がないでしょう。ユニバーサルデザインなんて微塵もない国で、自分の足がどこまで対応可能か不安100%ですが、同じ障害者がどんな工夫をして生きているのか、どんな苦労をしているのか感じ取ってきたいと思います。

夏休みにタイへ出掛ける生徒さん、いろいろな意味で素晴らしい体験をしてきてほしいし、それをぜひたくさんの人に向けて話をしてあげてほしいと思います。

2007年07月14日(土) 20時51分 | URL | 編集

ギターオヤヂ #QjtTlS4.

海月さん

海月さん、お帰りなさい。
待っていましたよ。回復してよかったです。でも、まだ無理はしないで下さいね。
こちらもだいぶ雨が強くなってきました。FM局からの帰り、自宅近くの川の水位がかなり上がっていました。海月さんも気をつけて下さい。

香港も貧富の差が激しいところですね。啓徳空港だった頃、低空飛行する飛行機から見下ろすと、手に取るようにそれがわかりました。しかも、それが狭い地域の中に凝縮されているので、かなりのインパクトがありました。貧しい国はたくさんありますが、せめて子供たちから笑顔が消えてしまわないように、微力ながら何かの手伝いが出来ればと思っています。

2007年07月14日(土) 21時10分 | URL | 編集

はらぐろ #mQop/nM.

ギターオヤヂさんへ

ネパール記事、興味深く読みました。
仰られる通り、日本との違いは大きすぎて、学生でなくても、今の私でも正直ショックだと思います。でも、世界の現状からすると、ネパールのような国はたくさんあると思います。
ネパールの一般的な資料は非常に少ないのが現状で、日本語だとごくわずかで、自社出版が多いと思います。私は実は数年前、感染症の研究(そんな大げさなものではないのですが)をしていた時に日本との比較としてネパールと後もう一つの国を比較しました。それは、たまたま血液が手元のあったからなんですが。。。その時に、ネパールに行っている日本人医師より貴重な資料(血液もです)を私の上司が譲りうけ、それは自社出版なのでもう本がないとうい事でコピーして読みました。正直、驚きました。その時、図書館などで、他の一般的な資料を探しましたが、本当に少ない。かなり古い資料しか見つかりませんでした。そして、最近の現状はもっと悪化していると。おそらく、みなさんが行かれたのは都市近郊や山間部でしょうか?衛生上や感染なども移民キャンプ地域にくらべ、かなりいい方だと思います。でも、ショックだと思います。
私は頭でっかちになってしまっているので、余計です。ネパールの平均寿命も日本より短いですが、もう一つの国では50歳以上の方はほとんどいない国でした(そもそも、生年月日もはっきりしていない方が多い)。
最近、常々考えます。物があふれかえって本当に豊かになって便利になってしまったけど、私の欲しいものはもっともっと別の所にあるような。私自信がすごく贅沢になってしまったって。何か物が足りないと100均で探して買おう!って。でも、まず本当だったら、何か代用できるものはないかって考えないといけない。物を増やすのではなく、心を豊かにしたい。精進しないといけない。でも、まだまだ。これからが修行です。私はきっと一生独身でしょうから、まあ老後を考えると今から少しづつ精進していけば、きっと大丈夫であろうって思いたいです。
ギターオヤヂさんやリッキーさんの活動は本当に大変だと思いますが、とても大切です。がんばって下さい。
P.S.私個人の考えは、これをきっかけに是非日本が良くなって、日本が目覚める国になって欲しいです。

2007年07月14日(土) 23時54分 | URL | 編集

ギターオヤヂ #QjtTlS4.

はらぐろさん

こんばんは。
コメント、何度も繰り返して読ませていただきました。心にズシリとくる重さを感じました。アプローチの方法こそ違いますが、何かしらの手を差し伸べたいという気持ちは同じではないですか?
キャラバン隊が訪れるのは、首都カトマンドゥ近郊や100kmほど西に位置するポカラという町です。そこを中心に山間部の学校や孤児院を訪れ、中古の文房具や鍵盤ハーモニカを届けています。本当は難民キャンプや、さらに地方の町にも足を伸ばしたいとリッキーは言っていますが、いかんせん治安の悪さと劣悪な環境から、隊員を危険な目に遭わせることは出来ないと、訪問を見合わせています。

はらぐろさんのように自身の生活に少しでも疑問を感じた方がいたら、まず途上国の現状を調べてみたらいいと思います。それからの行動は、それぞれ個人の裁量に委ねることになりますが、可能ならその国を訪れてみることも選択肢のひとつでしょう。前回出版した「それぞれのナマステ」や今回の原稿を読んでみると、安倍さんが提唱する「美しい国」が、どうにも絵空事にしか感じられなくなってきます。

応援ありがとうございます。自分のスタンスで、ネパールと向き合っていこうと思います。

2007年07月15日(日) 01時39分 | URL | 編集


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