「小鳩」に操られた5羽の鵜たち

民主党代表に野田財務大臣が選出された。小沢の息のかかった海江田との決選投票だったが、少しは民主党の良識ある部分を垣間見た思いだ。海江田が代表になっていたら、結局小沢や鳩山の操り人形になっていたに違いない。小沢崇拝にウンザリの議員たちが、野田の背中を押したのかもしれない。

それしても見苦しい選挙運動だった。小沢と鳩山をいっしょにして「小鳩」と称している。そんな呼び方とは似ても似つかないドス黒い空気が、5人の代表候補者を取り巻いていた。議員資格停止中にも関わらず、誰もが小沢の顔色を伺いに出向く。支持するかしないかの判断が下ると、汚点を残して総理職を逃げるように去った鳩山が、候補者二人を並べて「あなたは海江田さんを支持して下さい」と一方の候補者を下ろして調整を行う。未だにこの「小鳩」が党内を牛耳っている以上、はっきり言って誰が代表=総理大臣になっても、結局は何も替わらないだろう。

5人は巧みな話術を使って復興事業や原発対応、円高対策を謳っていたが、たった3~4日でどれだけの構想を纏めようとしたのだろう。いや、纏まったとしても国民が直接総理大臣を選出出来ないうちは、野党だけでなく与党からも足を引っ張られて、結局任期1年そこそこの短命内閣の繰り返しになるに違いない。民主党とて自民党と同じ、派閥の論理が代表を決め総理大臣に任命されても、重鎮に睨まれたら腹を括らなければならないほどその存在感は薄い。

いつまでたっても低レベルの国会運営しか出来ない民主党と、何が何でも解散に漕ぎ着けて本気で政権奪回をしようとしない自民・公明両党。野田新首相は厄介なこの三政党を、この先どう取り纏めていくのだろう。先ずはお手並み拝見である。

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一周忌

昨日墓石の開眼供養と一周忌法要が終わった。朝から断続的に激しい雨が降っていたが、不思議なことに法要が始まる10時前にはピタッと止み、滞りなく開眼供養を行うことが出来た。僧侶に魂入れのお経を戴き、石室に父の骨壷を納めた。これでようやく親父は安住の場所に落ち着いたということになる。花と線香が手向けられると、やっと墓らしい姿になった。

本堂に戻り、11時からは一周忌の法要。酷暑が続いていたから、きっとガマン大会の様相になる・・・と覚悟していたが、3日ほど前から一気に気温が下がって、礼服でもずいぶん楽にいられた。親戚は口々に「故人が気を遣ってくれたんだよ」と言っていたが、確かに雨の止み方といい、気温の低下といい、自分もそんな気が少しだけした。

終了後はさらに場所を移して、20名ほどで食事会。到着してしばらくしたら、午前中と同じぐらいの強い雨が再び降り始めた。やっぱり親父の仕業なのかもしれない。

これでようやく一息つける。来年3回忌はあるものの、段取りもわかってきたし、墓石を案ずることもなくなった。我が家は盆と命日が近いためにこの数日間はドタバタするが、そう難しいことを行うわけではないので、来年以降もどうにかなるのではとちょっとだけ胸を撫で下ろしたりしている。

PS.
この法要のおかげで、例の「24時間テレビ」の雑音も耳に入らずに済んだ。やれやれ。

墓石完成

8月24日の親父の命日を前に墓石が完成した。まだ開眼供養をしていないので、献花台や線香皿はビニールを被ったまま。21日の一周忌法要で住職に魂を入れていただき、納骨を行う。

すべて同じ色の石を使わずに、主な部分を黒色にしてアクセントを付けた。また、掃除が楽なように丈も低く抑えた。石材店の社長が親切な方で、仕事も実に丁寧。何も分からない自分にとっては本当に助かった。
「墓石はお金をかければ上限無く立派なものが建立出来ます。でも、1番大事なのはご家族がまめにお参りして、きれいにしてあげることだと思いますよ。」と、社長さんが仰っていた。

親父は喜んでくれるかな?

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2本目のギターを・・・

買った。この1年市場へ出回るのをじっと待っていたが、20年ほど面倒を見てもらっているショップからの連絡があり、リクエストに適う一品だったので、万を持しての購入と相成ったのだ。

現在ライブで活躍してくれている「MARTIN D-45」、アマチュアに毛さえ生えていないド素人が使いこなせる代物でないことは重々承知しているから、常に「弾かせてもらっている」という謙虚な気持ちでいる。だから、飽きたとかそんな罰当たりな理由で新たに購入した訳ではない。「D-45」は20代からの憧れ、30年かけて手にしたものだから一生手放すなんてことは有り得ないのだ。

じゃ、何故? ライブをやっていると、曲によって「D-45」の鈴のようなきらびやかな音よりも、もっとワイルドでかき鳴らして本領発揮するギターの方が似合う時がある。考えれば考えるほど違和感を引きずっていたのだ。乏しい知識と書籍や動画で数多くのギターを物色した末にたどり着いたのが、「GIBSON J-50」だった。「MARTIN」とはアメリカのというより、世界のギターメーカーとして肩を並べる存在。

いろいろな薀蓄や能書きや拘りの中で、1965年製で木の割れがなく、オリジナルパーツがすべて残っている「J-50」を探してもらっていた。他のショップで購入する気はまったくなかったので、ひたすら待っていたら1年かかってしまった訳だ。

5日ほど前に手元に届いた。ケースを開けた瞬間、46年を経過した威厳のようなものに圧倒されるような感覚を覚えた。さすがにキズが多く、お世辞にもきれいな状態とは言えなかったが、弾いてみると「まさにこれ!」というジャキジャキの音だった。よく弾き込まれていたのか音が大きく、まるで音の塊がズドーンと前に押し出される感覚。低音は腹にズシズシと響いてくる。初めての感触だった。ヘタクソなりに、以降のライブでは幾分趣向を凝らした内容をお届け出来るかもしれない。

自分にとっては高額な買い物だったが、2本目も満足のいくギターを手に入れることが出来、50歳を過ぎてますますギターに熱中!! するオヤヂなのだ。

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左:GIBSON J-50ADJ(1965年製)
右:MARTIN D-45(1994年製)
*ショップの写真を借用しました。実際に自分が購入したギターの写真です。

韓流ブーム、音楽だけは・・・×

日本の俳優やタレントが、自身のブログ等で「テレビでの韓流ブーム」を嘆いている。傍から見れば割と冷静に読めるが、実際そのような仕事に携わっている当人にとっては、見過ごすわけにはいかないのだろう。しかも書き込みをすれば、その記事に反応するタレントも記事を書き、読者を含めてネット上で賛否両論が渦巻いている。

もともと自分は韓流に興味は無かった。ブームの火付け役となった「冬のソナタ」も観ていないし、未だに目の前の俳優が誰なのか気にも留めたことはない。画面に登場すればチャンネルを替えていたし、観たくなければ観なければ良いだけの話。昔の民放「ゆく年くる年」みたいに、全部のチャンネルが同じ番組を流していればまた話は別だが。

ただ、そんな自分も、音楽絡みの「韓流ブーム」には物申したい。自身も音楽を趣味にしているし、どんな時も常に音楽と時間を共有しているからだ。韓国アーティストだって、クオリティーが高ければ、きっと欧米のアーティスト同様夢中になっていたかもしれない。

日本に上陸してくる韓国アーティストは、とにかく容姿。ナニが何でもビジュアルから売り込む。「イケメン」「美脚」を徹底的にセールスポイントとしている。肝心の歌唱力となると、猛特訓したという日本語も実際何を歌っているのかわからないし、ダンスしながら歌えばとても日本語には聴こえない。そのまま母国語で歌えばいいじゃん。マドンナだって日本語じゃ絶対歌わない。母国語の方が自身も曲のイメージや余計な負担をかけずに歌に集中出来ると思うのだが。とにかく日本で儲けようと次から次へ送り込むのが韓国の戦略だろうが、音楽性で勝負しようとする気はまるで無いように思う。

音楽系の番組は酷い。例のブログではないが、本当にどこの国の番組なのか分からない時がある。スタジオ収録は殆どが口パクだし、歌よりトークの方が長い時もある。日本のアーティストだって同じような時もあるが、何も伝わってこない音楽よりはずっとマシだ。数少なくなった音楽番組がこのような形に変わってしまったことに憤りを感じる。やはり元凶はCXか・・・。

空港で大騒ぎするおば様たちを見ても、CMでイケメン君が歯の浮くような台詞を放っても気にはならないが、無味乾燥なアーティストたちで音楽番組を埋め尽くしてしまうテレビ局の姿勢には嫌悪感さえ覚える。

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