満員御礼

5月8日のライブ、お陰様で満席となりました。

ありがとうございます!!
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「F&R」ライブのお知らせです

 半年に1度の「カフェ・グリューン」ライブが近づいてきました。25名ほどで満席のカフェは我々にとってはちょうどいい大きさで、お客様の表情や反応がリアルタイムで伝わってくるのがたまりません。今回もすでに満席に近い状況だそうです。
 
 今年は2月に「ボイスキュー」主催の「あこーすてぃっくないと」のライブを行っていますが、それも「カフェ・グリューン」でのライブに足を運んで下さったパーソナリティーさんの耳に留まったのがきっかけとなりました。そう考えると何かと新しい試みを行っているこのライブは、みなさんに楽しんでもらえているのかなと少しうれしくなったりします。

 今回の内容は全部で11曲。そのうち初めてお披露目する曲は7曲です。7~80年代のアーティストの曲だったり、「ゆず」や「松田聖子」さんの曲もありますし、9分を超える大作も歌います。これはリッキーがどうしても歌いたいと強く希望して実現しました。楽器としては、ハーモニカの他に初めて鍵盤ハーモニカも使います。商品名だと「ピアニカ」ですね。そして、今回も「ボイスキュー」パーソナリティーの小坂真智子さんが1曲参加して下さることになりました。いつもはしっとりとしたバラードで魅了してくれるのですが、今回はその聖子ちゃんの曲でノリノリになってもらおうかと思っています。

 実は今回の演目を決める時に最近の歌も演奏したいと思ったんですが、何せ50過ぎのオヤヂがそんな曲を知っている訳もなく、「ボイスキュー」のホープ、佐藤陽子パーソナリティーに相談したところ、本当にイイ曲をたくさん教えてくれたんです。彼女自身の番組やディレクターを担当する番組の選曲はどこか違う、前々からそんな意識で聴いていたので相談に乗ってもらったわけです。
 ただ、プレイヤーの力量とアコースティックギターでは力不足であったり、リッキーが拒否反応を示したりでほとんどがポシャ。せっかくなのでみなさんがまだ食事をしているリハーサルの時にさりげなく歌ってしまおうかとも考えています。「たむらぱん」の「ちゃりんこ」なんていいと思うけど・・・。みなさん、知ってます?(笑)

 先ほどマスターからメールが届きました。残席は、カウンターに2席だそうです。

巨人・木村拓也コーチが亡くなりました

 巨人・木村拓也コーチが、今日未明息を引き取りました。37歳、あまりにも突然で、そして早過ぎる死でした。4月2日試合前のノックの最中に突然倒れ、広島市内の病院に搬送後「くも膜下出血」と診断されて治療を続けていました。倒れた時点ですでに最悪の状態だったと球団代表がコメントしていました。

 木村コーチは2006年に広島から巨人へ移籍、家族は慣れ親しんだ広島に置き、単身赴任で活躍を続けてきました。倒れた当日、地元広島での試合に臨むため帰郷。チームより一足早く広島入りして、家族との時間を過ごしたのだそうです。その数時間後、まさかこんな悲劇が起きようとは誰が想像したでしょうか。

 自分は特別木村コーチのファンではありませんでした。ただ、インタビューの時はいつでも笑顔を絶やさず、チームメイトを掴まえては構ったり冷やかしたり茶目っ気たっぷりな人柄で好きな選手のひとり・・・その程度でした。土曜日朝の情報番組で、元巨人の宮本投手が木村コーチの自宅へ訪問した際、「その部屋は絶対ダメ!!」と言いながら結局全ての部屋を公開し、奥様やお子さんと楽しそうにしている姿が印象的でした。
 
 そんな自分をファンに変えてしまった出来事がありました。昨年9月延長戦でキャッチャーを使い果たしてしまった巨人、次の回の守備にマスクを被って飛び出してきたのが木村コーチでした。場内放送の後、どよめきと大歓声が彼に贈られました。キャッチャーは特別なポジションです。相手チームの作戦とバッターのクセを見抜き、野手に指示を与え、そして時速140キロ以上の速球を目の前で振られるバットに臆することなく捕球しなくてはなりません。でも、木村コーチは見事なミット捌きで無得点に抑えました。守備に就いた時以上の大歓声に迎えられ、原監督からも背中をポンポンと叩かれて最大級の賞賛を受けました。自分はこの場面を観ていて、決して派手なプレーではないけれど、ある意味命を張ってチームに土が付くのを回避した姿に感動しました。久しぶりにプロ野球を観て泣きました。後日談で「何が何だか分からなかったけど、逆球を捕れた時はウワ~ッ、よかった~って思いましたよ。ファンの応援てありがたいですね」と飄々と話す木村コーチ。これもまた彼の人柄だったのでしょう。

 そして、シーズンオフに突然の引退。「まだまだやれるのにどうして?」、誰もがそう思ったに違いありません。いや、本人だってそう思っていたかもしれません。一昨年ほど前から育成選手の一軍登録が続き、力のあるレギュラー組との相乗効果でついに悲願の日本一になった昨年、彼は若手に活躍の場を譲るために指導者としての道を選択しました。数日後の記者会見では、「選手として野球をやらなくていいんだというホッとした気持ちです」と爽やかな表情で言い切り、自身の決断に納得したとても潔い場面でした。

 内野守備走塁コーチは、機動力の有無が問われる重要なポストです。選手ではベテランでも、教える立場としては初心者。「先ずは監督と選手のパイプ役になります」、キャンプ地でそう言っていましたが、慕われる人柄ゆえすでにオープン戦が始まる頃には、すっかり選手たちから「拓さん、拓さん」と呼ばれていました。開幕戦のベンチでもハツラツとした姿を見せていたのに・・・。

 病気が見つかり、闘病生活の果てに力尽きるのとはまったく違います。何の前触れも無く突然倒れ、家族や周囲の人たちにひとことも語りかけることなく逝ってしまう。これをどう受け入れたらいいのでしょうか。会社で訃報を聞き、「くも膜下出血」を得意そうに説明していた同僚には怒りさえ覚えました。

 「タク、世界一ノックの上手いコーチになろう」
今日会見した原監督の言葉が、いつまでも心から離れません。8日後には38歳の誕生日を迎えるはずでした。

心からご冥福をお祈り致します。

ラジオ番組が終了しました

 何とか生きております。いつもご訪問いただきありがとうございます。今週静岡も桜は満開。でも、今年は撮影にも行けず悶々とした日々を送っています。

 先週の土曜日で1年間続けてきた番組、「週刊テツタビ百科」が終了しました。放送回数は50回で正直「よくここまで・・・」と思いましたが、思い返してみればこの1年間はあっという間でした。「すまいるトレイン777」の最後のコーナーとして、鉄道を分かりやすく、そして旅の楽しさを伝えることを目的としてきました。もともと「すまいる-」を列車に見立て、車掌である小坂パーソナリティーが進行役を務めていきますが、
「私、車掌なんて偉そうに言ってますが、鉄道のこと全然知らないんです」とカミングアウト。リスナーといっしょに「お勉強」していくことになりました。

 この番組以前に5年ほど前からマイクの前で話すことを経験していましたが、早口&噛み噛みはいつまで経っても直らずに、結局最後まで聴きにくい喋り方が続きリスナーにご迷惑をおかけしてしまいました。また、鉄道に限った話だったので、誤った情報を提供することと失言には気をつけてきたつもりです。調子に乗ると必ず落とし穴って待ち構えてますからね。

 夏くらいからメッセージやご本人が撮影された写真、番組ブログへの書き込みがあり、番組内でその返事をするのも楽しくなってきました。やはり、鉄道好きはたくさんいらっしゃったようです。しかも、みなさん本当に詳しい。半端な原稿作りをしまうとたちどころにツッコミが入りそうな雰囲気だったので、時間内に納まるいっぱいの時間を使って話をしました。でも、反応があるというのが1番うれしいことなんですよね。

 最終回のテーマは、「終着駅は通過駅」。旅と番組を重ね合わせて、「これからももしかしたらお話をさせていただくことがあるかもしれません・・・」というニュアンスで終了しました。驚いたのが、「鉄道が好きになりました」「1年間お疲れ様でした」「またすぐに復活して下さい」というメッセージをたくさんいただいたことです。本番中なのにヤバかった・・・。加えて事前に中島みゆきさんの「ヘッドライトテールライト」を番組の後に流してもらえるようお願いしてあった(「旅はまだ終わらない」このフレーズが好きなので)ので、それを聴いた小坂パーソナリティーも必死で堪えているようでした。(何か悪いことしちゃったな。でも、フルコーラス流してもらえてうれしかった)

 番組のラストにも小坂パーソナリティーからコメントをいただき、ディレクター共々この「テツタビ」を大切に扱って下さっていることを知り、本当にうれしかったです。そのふたりには50回分の放送原稿を1冊のファイルにまとめたものをプレゼント。厚さが1cmを超えてました。
 始まりがあれば終わりがあります。同じ終わりでもこういう幕引きが出来ることは、とっても幸せなことだと思います。自分の中にまたひとつ引き出しが増えたような気がしました。
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