善意をありがとうございます

 相棒が主宰する「ネパールのこどもたちをサポートし隊」、先日その相棒が静岡放送の番組「とれたてラジオ」に出演したことで、その活動が静岡新聞に取り上げられました。内容は使い古した鉛筆を募集中というもの。1月末の放送以来、今日までに約6万本の鉛筆が局に届いているそうです。たくさんの善意に感謝します。

 地方の、特に山間の学校に通うこどもたちには学用品が足りません。算数の授業になると、こどもたちは校庭へ向います。筆記用具が無いために地面に数字を書いて勉強しているんです。「一生懸命勉強して学校の先生になりたい」、「医者になってみんなを元気にしたい」。目を輝かせながら、こどもたちは元気に答えるのだそうです。勉強したい気持ちを大切にしてほしいから、鉛筆やノートを送っていただいています。
 「ネパール=貧しい」というイメージがありますが、首都カトマンズは予想外に裕福で、相棒の話だとゲーセンまであるそうです。どうしても地方の産業は限られてしまうので、物が行き届かないか、あっても手の届く値段ではなくなってしまうのだと思います。募集は3月22日まで行っていますので、引き続きよろしくお願いします。

送り先 〒422-8680 SBSラジオ 「ネパールの子どもたちにエンピツを」係
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 先日の記事では、多くの方々からコメントや拍手をいただきました。後押しをして下さる方がいるというのは本当に心強いです。ありがとうございます!!
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人それぞれなんだよ

 昨日帰り際に同僚から声を掛けられた。
「あと1ヶ月だね。どうなると思う?」
「何が?」
「昇格人事の発表だよ。上がるかそのまんまか。」
 彼はいつも唐突だ。自分はちょっとだけ不機嫌になった。
「昔からそういうのに興味ないんだよ。そういう器でもないし。」
笑い顔が多少引き攣っていたかもしれない。

 実は昨年12月、上司から昇格審査の対象者になっているから論文を提出せよと指示された。自分は昨年4月まで、「パニック障害」で1年半休職していた身だ。対象者になっているなんて、そんなこと頭の隅っこにもなかった。ただ、文章を書くのは嫌いではないしテーマも興味のあるものだったので、どうにか1週間ほどで仕上げ提出した。
 
 同僚は続けた。
「オヤヂは長いこと病欠してたから厳しいっすね。穴を開けちゃったっていうのは大きい。申し訳ないけど、これで万が一上がったら奇跡っすよ。」
「そっちは?」
「これだけやってるのにそのまんまだったら、ベル鳴った瞬間に片付けて帰るよ。」
彼は新卒で入社したので、キャリアは自分よりもずっと長いし歳も若い。等級もひとつ上だ。仕事も出来るし、他部署からの信頼もある。頑張っているという自負があるから、そんな台詞が飛び出したんだろう。それに常に上を狙うのは悪いことじゃない。

 自分は社会に出た時から、「出世」というものにまるで興味が無い。職務を全うすれば後からついてくるものだと思っているし、無ければ無いでそれは自分の力が所属部署の要求したレベルに届いていない証拠。問題があるのなら改めればいい。

 君に言いたい。生き方って人それぞれなんだよ。自身がそうだからって、目の前にいる人間も同じだとは思わないで欲しい。そして本人が熟知していることを、業務以外のことで上から目線で言うのはやめてくれ。人事は君が決めるものじゃないだろ?

 「病欠」ってひとことで言うが、不調だった3年間、特にその休んでいた期間の苦しみは、そういう考えの君には分からないだろう。病気になる方が悪いと言うかもしれないが、家族や親友、ブログの仲間が同じ目線で協力してくれなかったら今の自分はなかった。本当に長くて辛い時間だった。

 少しでも君の気持ちの中に思いやりがあるなら、誰ということなく病気を経験した人にダメ押しをするような台詞はくれぐれも控えて欲しい。君が病気にならないという保障はどこにもないのだから。

 生き方は人それぞれ、価値観もいろいろ。ただ、謙虚に生きた方が少しだけ幸せの数は多くなるような気がするのは自分だけだろうか・・・。

タイムスリップ

 このところのブルートレイン廃止のニュースがきっかけで、昔購入したり譲り受けた過去の時刻表を引っ張り出してみました。過去と言っても1冊は昭和19年(1944年)12月号という戦時中のもの。もう1冊は国鉄からJRに移行した昭和62年(1987年)に初めて発行された時刻表です。

 戦時中の時刻表は当たり前ですが当時のものではなく、昭和53年に日本交通公社が復刻版を発売したものを友人から譲り受けたものです。それでもかなり古いものですが(笑)。隠れたベストセラーとも言われている時刻表ですが、読み始めるとすっかりハマってしまうのは自分だけでしょうか。当時の交通事情が手に取るように分かってしまうのは感動ものです。
 巻頭の路線図を見ると、サハリン(樺太)・台湾・朝鮮(南北)・満州(中国)の路線も掲載されていて、ページをめくると日本から北京までの列車~航路~列車という乗り継ぎが載っています。悲しい時代が見え隠れしますが、この鉄道網の広大さには驚いてしまいました。

 変わって国鉄からJRに移行した際の時刻表ですが、この4月号からJRのオフィシャル時刻表が「JTB」から「弘済出版社」のものに変更となりました。監修もこれまでは「国鉄」と表記されていたのが、新号からは「JR」となるはずが・・・。新会社になる以前に監修されたために、この号だけは「JNR」と表記されました。二度とこのような時刻表は発行されないことから、オヤヂもしっかりと購入しておいた訳です。
 この頃はまだ青函トンネルも開通しておらず、連絡船と特急列車の連絡早見表が妙に懐かしく感じました。またブルートレインも主要都市から数多く運転されていて、特に夕方の東京駅はそのページを見ただけで当時の記憶が甦ってきました。

 昔に比べれば映像技術のおかげで鮮明なまま映像を残すことが可能です。いずれ「はやぶさ/富士」のDVDも発売されるでしょう。でも、こうして時刻表を残していた方が同じ時代を走っていた他の列車の思い出に耽ることも可能なので、大きなダイヤ改正の度に購入するようにしています。

 ブログ友達の海月さん(Night Sea)が、先日木更津を走ったSLの記事を掲載されました。静態保存されていたSLに再び命を吹き込むのは、たくさんの方々の熱意と協力がなければ実現することは不可能です。古い時刻表を紐解くことと、気持ち的にはどこか似ているような気がしました。

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昭和53年に発売され友人から譲り受けた、復刻版時刻表「戦前・戦中編」です。

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その中から昭和19年12月号をご紹介します。巻頭の路線図には、満州や朝鮮が記載されています。

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次ページにはサハリン(樺太)の路線図が。

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本編には東京から北京までの交通手段とその時刻表が記載されています。

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この時刻表の裏表紙にはこんな注意書きが。戦時中ならではですね。

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新会社移行第1号の時刻表。「JNR編集」と記載されているのは、後にも先にもこの号だけです。

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ブルートレイン全盛時代を彷彿とさせる、夕方の東京駅のページです。列車番号の1ケタは、歴史と伝統に裏付けされた優等列車の証しです。

雪が降った

 滅多に雪の降らない静岡。富士山に近い御殿場市や神奈川県の箱根は何回か降ることはありますが、オヤヂの住んでいる場所はまず降りません。
ところが!!
 朝7時前から雪が舞い始めました。確かに今朝は底冷えしましたからね。まだ寝ていたチビを無理矢理起こして、初めて「生の雪」を見せました。反応はイマイチでしたが(爆)。オヤヂは思うように動けないので、2階の窓からデジカメで数年ぶりの雪を撮影しました。御殿場市に住んでいる同僚にメールしたら、
「曇りだよ・・・。」

 一時は激しく降りましたが、1時間ほどであえなく終演。道路さえ濡れませんでしたよ。雪国の方にしてみれば「何を贅沢なことを言ってるんだ」と叱られそうですが、とことん降らない土地としては、たまに降った時ぐらいせめてうっすら雪化粧しても・・・なんて思ってしまった次第です。

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ちょっとワクワクしちゃいましたが、1時間後には止んでしまいました。

楽しい1日が一転・・・

 毎年この時季恒例のイチゴ狩りに行ってきました。場所も例年どおり伊豆・長岡のイチゴ畑です。ただ今年は実が柔らかくて終盤のような状態、甘味も少なかったように感じました。他のお客さんも同じ事を農家の方に言っていましたが、「生きものなんで・・・」なんてちょっと苦しい言い訳をしてました。たまたまそのハウスがそうだっただけかもしれないので、これから予定をしている方はご心配なく(笑)。

 チビはハウスに入るや否や大はしゃぎ、反対に長男は花粉症で撃沈寸前。いつもこの時期はまだ花粉はそれほど飛んでいないので、あまりのグズグズ状態に驚いてしまいました。カミさんもかなりきてましたよ。イチゴ食べるからマスクはしてられないし。
 チビでさえ1,500円するのに、ほとんど食べずにミツバチを追いかけて遊び放題。自分たちも柔らかいイチゴにあまり食欲が湧かず、高いイチゴ狩りになってしまいました。
 その後は近くの公園でチビを「野放し」にしましたが、長男はもう限界で少しだけ付き合った後クルマの中で死んでました。

 食事~買い物と用事を済ませ帰宅。クルマを降りた時に楽しかった1日が一転しました。玄関に入る直前に石に乗り上げてしまって転倒、久しぶりに豪快にズッコケてしまいました。左手に杖、右手に荷物を持っていたので手をつくことが出来ず腰と肘を強打。でも、一番きつかったのが右足首でした。装具でがっちりと固定してあるのが裏目に出て、普段かからない力が加わってもその逃げ場がないために、怪我の度合いが増してしまうことがあります。1番やってはいけないことをやってしまった訳です。

 今日になって腫れや痛みが酷くなったので当番医で診察してもらったところ、骨には異常なかったもののかなり靭帯を伸ばしてしまったそうです。
「痛いだろうけど、骨折だったらこんなもんじゃないからね。最低2日間は動かさないように。」
それはそうでしょうけど、今でも十分に痛いよ~。5日分のシップ、痛み止め、胃薬を処方してもらいましたが、かなり強い痛み止めなのかなぁ。確かに少しは楽になりましたが。

 という訳で2日ほど会社を休むことにしました。みんなに迷惑かけて申し訳ないです。両足が悪いのにまだ元気のある右足を痛めてしまったことで松葉杖は使えず、車椅子を使っても職場には対応出来るトイレがありません。だから、現状のまま復帰しないと出勤は不可能です。とにかく安静にして、早い復帰を目指します。

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ハウスに入った瞬間チビは本領発揮。イチゴ狩りはどこへやら・・・。

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逆に長男は花粉症で意欲ゼロ。かなりの重症のよう。

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「パパ、イチゴの摘み方はね・・・」と言っているようなポーズです。

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毎年同じ場所で写真を撮っています。成長したり歳をとったり・・・、変わらないのはクルマだけ。

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公園でチビはさらにエスカレート。長男は完全にトーンダウンです。

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アスレチックが大好きで、放っておけばいつまでだって遊んでます。

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長男はすでに限界を超えていました。この苦しみ、父には分かりません。

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余計な1枚ですが、チビが撮影したということでお許し下さい(笑)。

九州行きブルートレインが消える

 3月13日(始発駅出発時)、予てから噂が出ていた寝台特急「はやぶさ/富士」が、とうとう廃止されることになりました。これで関東・東海・関西圏から、九州へ向かうすべてのブルートレイン(機関車が牽引する客車寝台)が消えることになります。胸を締付けられる想いがしますが、新幹線0系が消えるのとはまた違った心境です。何度か列車廃止の記事を書いてきましたが、本当にこれですべてがなくなってしまうなんて、何だか悪い夢を見ているような気がします。

 1番身近な東海道本線は様々な優等列車がいち早く登場し、新幹線が開業してからは昼行特急が無くなったものの、「さくら」「あさかぜ」「はやぶさ」「富士」「みずほ」「出雲」「紀伊」「瀬戸」「いなば」「銀河」(急行)と、寝台特急の豪華な顔ぶれがズラリ。16時を過ぎてからの東京駅はこうした花形列車が入線・出発を繰り返し、ホームのあちらこちらで別れを惜しむ姿や鉄道ファンの姿を見ることが出来ました。

 やがて利用者の減少や車体の老朽化、はたまた合理化の波で運転区間の短縮や同方面列車同士の併結、そして1本また1本と廃止され、とうとう唯一生き残った「はやぶさ/富士」も同じ運命を辿ることになりました。恐らくチケットは平日にわずかな数が残っているだけで、沿線や駅周辺に繰り出すファンが日に日に増えてくるんでしょうね。自宅近辺は上りの通過時間帯が8時ぐらいなので、撮影名所では早朝から場所取り合戦かもしれません。ただ、盛り上がれば盛り上がるほど自分的には何となく冷めてしまうので、今のところはまったく白紙の状態です。「さくら」の最終列車の時の様に、静かな場所で見送るだけにしようかな・・・。

 残る寝台列車は、電車仕様の「サンライズ出雲/瀬戸」だけになってしまいました。

「F&R」ライブ満員御礼

 昨年11月22日に地元「カフェ・グリューン」で行った「F&R」ライブ、次回は5月23日(土)に行われますが、お店のHP公開前に満席となりました。前回はお店の常連さんがほとんどでしたが、今回は友達や知り合いに来てもらえれば・・・と思い、メールを送ったり直接お話をさせていただきました。

 現在、相棒と曲の絞込みに入っています。また13曲ぐらいになる予定ですが、今回はハモリに力を入れようと思っています。予約をして下さったみなさん、ありがとうございます!!

な~んかスッキリしないなぁ・・・

 今相撲界が揺れています。復帰して優勝した横綱のゴタゴタが下火になった途端に、今度は日本人力士の大麻事件が発覚しました。挙句「解雇」とした処分が甘過ぎると、世論ばかりでなく文科相まで苦言を呈する始末。次々に起こる事件や揉め事の数々、礼を重んずる大相撲界はいったいどうしてしまったんでしょうか。

 「勝って兜の緒を締めよ」・・・自分がよく観ていた頃の相撲界は、平幕だろうが横綱だろうが優勝してもインタビューにはニコリともせずに、淡々とその場所を振り返ったものでした。ファンとしてはもっと喜びを表に出してもいいのにと思いましたが、その控えめな姿勢には逆に凛とした強さを感じました。元横綱が言っていましたが、
「優勝してヘラヘラ笑って部屋へ戻ったら、その場で親方に殴られる。」
これが当たり前の世界だったんでしょう。もしかしたら一人になった時には思い切りガッツポーズをしていたかもしれませんが、そうだとしても努力が報われた結果なのですから全然OKですよね。厳しく指導しながらも稽古を離れれば親子同然、あどけなさが残るお弟子さんには師匠や女将さんのやさしさが唯一の拠り所だったのかもしれません。

 若貴時代が終焉すると圧倒的な強さを誇示するような力士はしばらく現れず、相撲人気は一気に下火になりました。新弟子の応募も極端に減ったために、日本人が集まらないのなら外国人・・・そう思ったかどうかは定かではありませんが、相撲に精通しているモンゴル人力士と体の大きなロシア人力士がいきなり増えたように記憶しています。

 新弟子たちは土俵へ上がるようになると、相撲教習所で半年間相撲全般に渡る教育と日本の文化を学びます。外国人とてすべて会話や教科書は日本語。こんな状況で満足な教育って出来るものなんでしょうか。自身が置かれている環境が相撲そのものだから技術を磨くことは可能だと思いますが、言葉の覚束ない外国人力士に日本の文化を理解しろと言う方が無理かもしれない。細かい部分に至るまで意思の疎通が出来ないから止む無く周囲の人たちが譲歩するし、それが甘えに繋がって縦社会の仕組みが理解出来ないまま過ぎてしまうのでしょう。

 横綱であれば、或いは強ければ何でも許されるという大きな勘違いが、様々な騒動を起こしています。インタビューする先輩力士を呼び捨てにしたり、土俵上で派手なガッツポーズ、「モンゴルへはもう帰りません」と言った2日後に帰国・・・。親方ものらりくらりと同じことを繰り返すばかりで、この親方にしてこの力士ありという有様です。稽古総見のあの体たらくも実はポーズで、周囲を油断させるための連敗だったのでは・・・というのは考え過ぎでしょうか。

 一方観る側にも問題があるように思います。ファンのインタビューの中に、
「彼みたいな悪役がいた方が面白い。」
いつから大相撲はプロレスになってしまったんでしょう。横綱本人も、
「俺がヒールになればいいのか?」
なんて言ってました。もうひとりの横綱は対照的だから、ファンもそういう見方に変わってしまったのかもしれません。若貴時代にはそんなこと思いもしませんでした。

 大麻事件は言語道断、外国人力士も日本人力士も関係ありません。つい出来心のつもりで「少しぐらいは」という気の緩みからかもしれませんが、罪を犯した上にこれまでその力士に関わってきた人たちを一瞬のうちに裏切ってしまった責任は大きいです。その重みがどんなものなのかを理解していなかったんでしょう。その原因が外国人ならば文化の違い、日本人なら育ってきた環境によるものならば、もしかしたら氷山の一角? という穿った見方さえしてしまいます。

 冒頭にも書きましたが、協会の出した「解雇」という処分をみなさんはどう捉えましたか? ニュースを観ていた長男が言いました。
「大麻だろ? 逮捕だろ? どうしてそれで5百万ももらえるんだ?」
まだ若くてかわいそうだから・・・という理由は、13歳の中学生にだって納得がいかなかったようです。さらに百歩譲って「解雇」を良しとしても、
「ドーピング検査を実施したりして、二度とこのようなことがないように戒めます。」
という理事長の弁には本当にガッカリです。具体的な方策が何も提示されていないのは、前回のロシア人力士の時とまったく同じ。事実舌の根も乾かぬうちにまたこの騒動です。検査よりももっと長期的に相撲界を変えていくことを考えないと、さらに大きな問題が起こるかもしれません。このようなことを長男に話しました。子供は子供なりの目で、大人たちの曖昧な言動をしっかり捉えていますよ。
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