拾う神と捨てる神

○捨てる神
 
 とうとう体が言うことを聞かなくなりました。今日は有休を取りました。夏休みまであと少し・・・と何とか頑張っていましたが、昨日上司とのトラブルでそれも切れてしまいました。単なる上司の勘違いで叱責された訳ですが、質問されている意味がまったく理解出来なかったので、
「仰っていることがよくわかりません。」
と言った途端に、瞬間湯沸かし器にスイッチが入ってしまったようです。
「なぜアンタにはオレの言っていることが分からないんだ!」
何が気に入らなかったのかは分かりませんが、とにかく大声でアンタ呼ばわりまでされて。原因を突き詰めていったら本人の勘違いだったことが分かって謝罪・・・がなかったんですよ。それが! いつの間にか無口になってパソコンに向って仕事を再開しました。どうでしょう、この状況。

 言われた時はキョトンでしたが、時間が経つにつれ悔しさがこみ上げてきたので、念のために安定剤を飲みました。同僚も心配してくれて、部長に報告した方がいいと勧めてくれました。以前からクセのある人だとは思っていましたが、6月の組織変更で着任してからチーム員とは確執が日増しにひどくなっていました。
<人に厳しく 自分に甘く>
まさにこの言葉どおりの人です。部長も「やっぱりな・・・。」と仰っていましたが、組織上は他部署の部長なのでご自身が決めた訳ではなく、直接の発言は越権行為になってしまいます。現在室長と直属の部長は米国へ出張中なので、帰国次第これまでの様々な事態を報告して策を練って下さるそうです。

 以前も書きましたが、出来る限り煩わしい人間関係のトラブルは避けたいです。


○拾う神

 この表現が正しいかどうかは判断が難しいところですが、会社の姿勢を感じた出来事があったのでご紹介します。

 会社は大きく分けて本社業務を統括する「ヘッドクォーター」、システムを統括する「IT棟」、自分が仕事をしている「開発センター」、食堂や診療所がある「厚生棟」という4つの建物があります。特に「開発センター」は全自動車メーカーへの開発を行っていて、機密事項がてんこ盛りです。入退室はIDカードで管理されていますが、さらに強化する目的で現在「フラッパー・ゲート」(駅の自動改札のようなもの)の設置工事を行っています。もともと従業員用のサブエントランスには5段の階段があって、手摺りがないために自分はちょっと難儀していました。その場所にゲートを設置するために、隣接する荷物の積み下ろし場所に仮設階段を設置することになり、手摺りが付くかどうか、強度や段の高さはどれくらいになるのかを、前出の部長を通じて建物を管理する部署に確かめてもらいました。500名近い従業員が出入りする場所ですから、自分のような障害者にはちょっとした恐怖感があります。

 会社からの回答はこうでした。
「手摺りは付けますがあくまでも仮設なので、あなたの必要とする強度や条件を満たすための判断がつきません。毎日リスクを感じて出入りするのは心情的に辛いでしょうし、雨が降ればなおさらでしょう。この際(来客用の)メーンエントランスから出入りするようにすれば、地面もフラットですし危険もないと思います。とりあえず工事期間は障害者用の駐車場を使って出入りして下さい。」
ということで許可証が発行されました。7:30-19:00が開閉の時間になりますが、帰りが遅くなる時は警備室に電話をすれば対応してくれることになっています。
「いい機会だから早く帰れよ。」
部長が笑いながら仰ってました。

 一昨日許可を下さった責任者の方とお会いして「どうですか?」と聞かれたので、「非常に助かっています」とお礼を言いました。
「人に優しい、環境にやさしいと言っても、実際に何もやらないんじゃ意味がないですからね。あなたには失礼かもしれませんが、このような取り組みをアピールする機会にさせてもらえればと思っています。例えば工事が終わってもこのままでよければ、それなりに対応する準備はあります。誰にでも特別待遇をするというのではなく、新たな基準を設けるきっかけになります。」
と仰って下さいました。失礼だなんてとんでもない話です。現に助かっているんですから。8月下旬に工事は終了しますが、継続のお願いをするつもりでいます。ただ身障者用の駐車スペースはお客様のためのものなので、併設の空き駐車スペースに変更しなくてはいけませんね。

 両極端な事例でしたが、たったひとつの言葉で働く環境は激変する・・・そんなことを感じた出来事でした。

 
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暑気払い

 今週ぐらいから、全国あちらこちらで夏祭りが本格的に始まりました。オヤヂの住んでいる隣の市でも、2日連続で花火大会が行われました。人の多い場所は危険なので、よほど大きな目的(撮影とか)がないと行くことはありません。みなさんの写真や記事で楽しませてもらいます。

 それにしても暑い・・・。言うのもおっくうになるほどです。会社も暑くてややバテ気味。温暖化防止の省エネは分からないでもありませんが、書類が腕にくっついたり意欲が萎える温度設定もどうかと思います。昨日は家族で出掛けましたが、今日は完全休養日。だるくて体が重くて、音楽を聴きながら部屋でボ~ッとしてました。また明日から仕事ですから(当り前ですよね)。

 そんな中九州にお住まいのブロ友さんから、本場博多の「辛子明太子」をいただきました。きれいな朱色をしてまるまると太った明太子。1番太い部分で2.5センチはあるでしょうか。辛いもの好きのオヤヂは、涙が出るほどうれしかったです。さっそくいただきましたが、炊き立てのご飯の上に載せると何杯でもいけそうな美味さ。実際長男は鬼のように食ってました。

 今の時季はなかなか食が進まないものですが、この辛さは胃に刺激を与えてくれるので助かります。お返しにこちらからは、数種類の魚の干物を送ることにしました。この辺りの名産品ですが、古くから付き合いのある魚屋のそれは、これまた何杯でもご飯がいけちゃう美味さです。

 しっかりと食べられたので早めに寝て、また明日からの仕事に備えます。

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こんなの見てたら、また食べたくなっちゃいました(笑)。ブロ友さん、ありがとうございました。

「Ricky de Night」 ~オヤヂの目~から

暑中お見舞い申し上げます。

 連日猛暑日が続いていますが、みなさんお変わりありませんか? オヤヂは忙しさに感けて、すっかり更新が滞り気味になってしまっています。平日に更新される方ってスゴイ!! 尊敬してしまいます。夏休みが始まる8月9日までドタバタが続きます。

 昨晩は月に一度のラジオ出演でした。コラムとしてご紹介している「オヤヂの目」、今回は旅についてのお話をご紹介しましたので、その原稿をUPしたいと思います。

 長かった梅雨が明けて、ふと旅に出たいと思ったことはありませんか? 学生さんにとっては長い長い夏休みの始まり、お勤めの方もお盆を控えてお休みに入る方も多くいらっしゃるでしょう。日常生活を離れ、まるで知らない土地で数日を過ごすひとときは、何ものにも代え難い至福の時です。計画を立てチケットや宿の手配をし出発当日を迎える訳ですが、実は「どこかへ出掛けよう!」こう決めた瞬間から、すでに旅は始まっているんです。

 旅の形は十人十色、古くは松尾芭蕉も「奥の細道」で俳句を認めながら東北地方を旅しましたが、何かしら目的を持って名物料理に舌鼓を打ったり古い町並みを散策したり、或いはリッキーのご両親のようにお遍路さんとして札所巡りをする方もいらっしゃいます。僕の場合は目的地を決めずに出発し、ひたすら列車に揺られる旅が大好きです。若い頃は普通列車を何本も乗り継いで、限られた時間でどこまで行けるのか、時刻表を捲りながら駅の待合室で一夜を明かし、朝になったらその日の行き先を決める・・・こんな行き当たりばったりの旅を何年も続けていました。

 ある時購読していた鉄道雑誌に、国鉄の路線図を描いた白地図が付録として折り込まれていました。面白半分にこれまで乗車した路線を塗りつぶしてみると、すでにほぼ半分の路線を乗り終えていたことが判明。それだったらということで20歳の時に一大決心をし、無謀とも思えた全線走破の旅を始めました。列車に揺られる楽しみに新たな目的が加わり、費用を安価に抑えるために効率の良い計画を立てることが必要になりました。おかげで新品の時刻表がわずか一週間で使い物にならなくなるほどで、出掛ける月などは同じものを3回買い直したこともありました。

 基本的に旅のスタイルはこれまでと同じ。当時は多くの長距離普通列車が運行されていたおかげで、計画を立てるのにもそれほど苦労はせず、夜行列車に乗れば寝ているうちに距離も稼げるし、翌日も朝からフルに使えるという利点がありました。特に上野駅から青森駅へ向かう夜行の急行「津軽」と「八甲田」は、青函連絡船に乗り換えて北海道へ渡る旅人も多く、様々な訛りが車内を飛び交っていたのが懐かしく思えます。相席となった何人かの旅人に列車に乗った理由を尋ねると、就職して初めて故郷へ帰る人や、親戚に不幸があって駆けつける人、カニの買い付けに行く人と様々。中には普通列車の最終に乗り遅れたサラリーマンも多く見かけました。まさに列車の中は人生の縮図そのもの・・・そう思える古き良き時代のひとコマでした。
大学を卒業し就職してからは、お金が少し自由に遣えるようになった反面、旅に出掛けられる時間は激減。おまけに残っている路線が地方に分散してしまっていたために、目的の路線に乗るために何百キロも移動しなくてはならなくなりました。鉄道以外の交通機関は使わないと決めていたので、分かっていたこととは言えこの時ばかりは時間がもったいないと感じたものでした。

 そして思い立ってから7年後の1984年、北海道宗谷本線の名寄~稚内間183.2kmを走破し、最果ての駅で僕の目的は完結しました。北海道へは何度も訪れていましたが、生まれ故郷に敬意を表したかったのと、日本最北端の駅で旅を終えるというのが自分の拘りでした。総延長2万4百km、トータルでは10年以上の歳月を費やした国鉄線全線走破を、人気のまばらな駅構内でひとり缶ビールで祝いました。やり遂げたことに不思議と特別な感情は湧いて来ませんでしたが、3年後の民営化、現在のJRへの転換が決まった際に、乗っておいてよかったと身に沁みてそう感じました。

 旅は日常を忘れさせてくれます。例えば上野駅を出発して同じ方向に走る2本の列車、その距離はわずか3mほどですが、寝台特急「北斗星」と山手線ではお互いの乗客が覗き込む車内の風景は、まるで別世界の出来事のように映るはずです。

 旅に出ることが贅沢と思われた時代、何時間かかっても目的地に向かうのが楽しかった時代。一転時間をお金で買うような現代の旅も、手段や方法の違いこそあれ同じ旅に変わりはありません。この夏お出掛けになる予定のある方は、時間を有効に使ってぜひ自分なりの旅を見つけたり楽しんだりして欲しいなと思います。もちろん旅先でのマナーを守ることは、くれぐれもお忘れなく・・・。
 

 本番中にもご紹介しましたが、あるリスナーの方からレギュラーに戻って下さいというおハガキをいただきました。うれしかったです。自分の番組ではないので、相棒と局にお任せということで・・・。

こんな曲を聴いています

 先日は長い記事なのに、コメントを寄せていただいてありがとうございました。同じ気持ちの方がいて下さったことが、とてもうれしく思いました。今回は、今好んで聴いている曲やアーティストについて書いてみようと思います。

 女性ボーカリストが好きです。様々な状況や環境の中で音楽を聴く機会はありますが、耳に入ってくる心地良さは何と言っても女性ボーカル。拘りはいろいろあります。

①ライブに強い人、或いは向いている人
②自身で作詞や作曲を手掛けている人
③地声とファルセット(裏声)との切替が自然な人


今まで聴いてきたアーティストたちは、このようなタイプが多いような気がします。

 ①は自分自身が人前で歌わせていただいているからこそ、その難しさは身に沁みて分かります。今でこそイヤホンからメトロノームが刻むリズムを聴いたり、モニターの性能が上がって歌いやすくなってはきているとは言え、武道館やアリーナ級の広さでは相当な音感やリズム感がなければ厳しいはず。そんな条件の中で完璧なライブをこなせるとすれば、それはどんな状況下でも100%以上の実力を発揮出来ているからでしょう。テレビやCDは言葉は悪いですが、どんな誤魔化しも可能。ライブだからこそ安心して聴いていられる、そんなアーティストが好きです。

 ②は自身が作品を直接手掛けることで、より精度の高いレベルにまでそれを引き上げられるからです。CDを買う時に、自分はHPやライナーノーツを必ずチェックします。詞と曲のどちらでもいい、何かしら作品に関わることで自身のイメージを、アレンジャーやレコーディングスタッフと同じ目線で作っていくことが出来ます。

 15年ほど前だったか、大学時代にライブハウスで知り合った友達がレコーディングエンジニアになっていて、ある女性ボーカリストのレコーディングを見学する機会を与えてくれました。彼女は一線で活躍するシンガーソングライターで、それだけでも口から心臓が飛び出そうなほど緊張しましたが、打ち合わせからレコーディングまでの過程で、何度もアレンジャーとバトルに近いやりとりの連続。呼吸するのも躊躇うほどの金縛り状態で、遠くからそれを凝視するしかありませんでした。
 音符1個にまで拘る徹底振り(当たり前か)で、その部分を修正するとなるほど雰囲気が一変するじゃないですか。レコーディングに移るとオケは既に録音済みでしたが、1ヶ所だけベースの刻み方に納得がいかず、後日その部分だけ録り直しということになりました。6時間ほどいましたが、トイレに行ったかどうかも憶えていないほどの緊張感を味わいました。
 終了後食事に誘っていただいて8人ほどで出掛けました。もうワイワイガヤガヤと、ライブやテレビでの裏話が飛び出して抱腹絶倒、自分にも気を遣って下さったりさっきまでのピリピリムードは何だったの?って感じ。この切替が「いい作品作り」のプロセスであり、プロの仕事なんだと痛感しました。もちろん彼女は、今でもライブ中心にエネルギッシュに歌い続けています。

 ③は歌の上手さに繋がるのかもしれませんが、持って生まれた天性の部分も多分にあるでしょう。曲の終わりに多い、弱々しいファルセットでのハミングなんてやられた日には、オヤヂ鳥肌状態で・・・。地声からその領域に移る際も、流れの中で自然に入っていけるアーティストはたまりません(笑)。

 大好きな音楽を聴く時に前回も書きましたが、聴いていて疲れるのは基本的に×です。その人の個性なのではっきりと好き嫌いは言えませんが、歌い方にクセのあるアーティストは苦手です。どんなに作品が良くても・・・。
 こんなことを踏まえて、現在好んで聴いている女性ボーカリストが2人います。1人目はLyricoさん。2002年に発売された「Voices of Grace」の中に収録されている「キセキノハナ」、運転中FMから流れてきた時に、その足でCDを買いに行ってしまったほど。それ以来すっかりハマってしまいました。線が細くパワーで押していくタイプではありませんが、音域が桁外れに広く抜群の歌唱力は一度聴いたら忘れることは出来ないでしょう。スローバラードでのファルセットも秀逸です。8割ほどの曲を自身で作っているので、しっかりとしたカラーを存分にアピール出来ていると思います。

 そしてもう1人は、飛ぶ鳥を落とす勢いの絢香さん。今さらオヤヂが薀蓄をたれる必要はないでしょう。弱冠21歳の女性があれほどの歌唱力と表現力を持ち、いったいどこまで成長するんだろうと怖い気もするほどの天才ボーカリストだと思います。デビュー曲の「I believe」で「これ、誰?」状態になり、ご存知「三日月」の完成度の高さに腰を抜かし、6月に出たセカンドアルバム「Sing to the Sky」を聴いてその進化にまた驚き・・・。ビートの利いた曲からバラードまで歌いこなしてしまうあたりは、十分に世界進出も可能だろうと思ってしまうほどです。現在何とかギターで弾き語りが出来ないものかと、「三日月」とセカンドアルバムに収録されている「Jewely day」のコードを起こしていますが、半端じゃなく難しくてクリア出来る日はいつのことやらって状況です。

 「理屈抜きにいいものはいい」、よく聞くフレーズです。でも何故?と聞けば「こうだから」とはっきり理由を答える人も多いはず。ハマるきっかけは自分の気持ちに響いたからで、もっと知りたいためにそのアーティストに対していくつかの拘りを持つことも、自分の中では大切かなと思っています。

 2回にわたって読んでいただき、ありがとうございました。

こんな曲を聴いてました

(以前から書き溜めていた記事です) 

 自分にとって、音楽のない生活は有り得ません。音楽好きだった父親の影響で、日曜日の朝といったらアルゼンチンタンゴのレコードで目覚め、保育園のお遊戯会で全園生のオーケストラをバックに「富士山」を独唱したり。以後自宅にいる時、運転をしている時、ライブに出掛けたり、そして自分自身も音楽活動をしているのでそう言い切れるのかもしれません。今さら「音楽とは・・・」なんて語るつもりは毛頭ないし、それほどのレベルもありません。ただ、好みというか拘りは当然持っています。

 アコースティックギターの音がとにかく好きだったことから、当然フォークソングの世界に没頭。その中から自分の好みに合ったアーティストが自然と絞られて、とことん聴き倒したものです。反戦歌のようなメッセージ性の強いものよりも、
①ギターの性格を十分に引き出してアピール出来る
②歌詞を見ずとも何を歌っているのか聴き取れる
③日本語の響きや使い方を大切にしている
こんなアーティストが好みでした。
 
 ①は「かぐや姫」&「風」の伊勢正三さん。先日の記事でも少しだけ書きましたが、彼の「Martin D-45」を聴いてからずっと憧れていたと言っても過言ではないほど、数々の曲に散りばめられたギターの音には魅せられました。当時夢中でコピーをしましたが、アドリブの部分が多くて耳コピーするのにずいぶん難儀したのを憶えています。「22才の別れ」「古都」などは未だに我々もライブで歌っています。

 ②に該当するのは井上陽水さん。「フォークシンガーがこんなに歌が上手くていいの?」と思ってしまったほど、彼の透明感のある声と歌の上手さにはインパクトがありました。彼は「Martin」と双璧をなす「Gibson」というメーカーのギターを使っていましたが、ストロークでガンガン掻き鳴らした時のジャリッという音も好きでした。
 割舌がいいという表現が適切かどうかは分かりませんが、当時歌詞カードを追わずとも歌詞がはっきりと聴き取れるのは彼だけでした。一字一句まで伝えようとする直向さがいい。

 曲の雰囲気も他のアーティストとは一線を画していた部分があって、「傘がない」「人生が二度あれば」は、当時15歳だった自分の「言いたくても言えない」気持ちに火をつけてくれたような気がします。反面「ちえちゃん」「少年時代」という叙情的な作品もあって、懐の広さに圧倒されたアーティストでした。「断絶」「氷の世界」のふたつのアルバムは、今でも大切に保管してあります。

 もう一組は「アリス」。谷村新司さん&堀内孝雄さんという圧倒的に歌の上手いふたり、耳心地の良いメロディーとの相乗効果でずいぶん楽しませてもらいました。「冬の稲妻」「ジョニーの子守唄」のようなアップテンポの曲や、「秋止符」「遠くで汽笛を聞きながら」のように歌い上げるものまで、個性的且つ多彩でした。もうひとりほとんど歌には参加しなかった矢沢透さん、天然キャラでライブではいつも爆笑の的でしたが、彼のドラムは実は相当なレベルで、スティックを握るとまるで人が変わったようなドラミングは、そこらのバンドとはちょっと違うよという印象でした。そうそう、「Morris持てばスーパースターも夢じゃない」という彼らのCMコピーは深夜放送族を席巻し、自分もMorrisギターを購入してしまいました。

 ③は何と言ってもさだまさしさん。デビュー曲の「雪の朝」そして「グレープ」を世に知らしめた「精霊流し」は、長いこと地味だ暗いだと若い人たちは敬遠気味でした。ただ自分は、伝統行事をテーマにし且つバイオリンを使っている作品なのに演歌にはならない彼のアレンジや、まるで手紙を読んでいるかのように展開していくストーリーに、ズルズルと引き込まれていってしまいました。日本語の持つ響きや比喩を巧みに使ってひとつの物語を完成していくパターンは、本人も「物語歌」と表現するほど意識していたようですし、それが決してお仕着せでないオリジナリティーが好きでした。「案山子」や「まほろば」「主人公」は秀逸の出来ばえだったと思っています。

 また一方で落研だった才能を発揮して、ちょっとしたジョークを組み入れたりするのも得意でした。「パンプキンパイとシナモンティー」「雨やどり」「関白宣言」がその代表的な作品ですが、どの曲も最後には聴く者を唸らせるまとめ方をするので、笑いっぱなしで終わらせないのはさすがとしか言いようがありません。
 ソロとして再出発してからも渡辺俊之氏や服部克久氏らが編曲を担当し、セカンドアルバム「風見鶏」では弦楽器専門のアレンジャー、ジミー・ハスケル氏を迎えて、作風は変わるどころかますます円熟味を増していきました。4枚目のアルバム「夢供養」までは、もしかしたら彼に神が乗り移ったと思えるほど、未だに色褪せない作品の数々を発表し続けました。

 ところが5枚目の「印象派」から作風は一変(自分の感覚ですが)、どの作品もメロディーが自分に合わない、聴いていて疲れる、そんな風に感じるようになりました。7枚目のアルバムまでは聴いてみましたが、聴くほどにフラストレーションが溜まり、自分のイメージしていた「さだまさし」からどんどん離れていく焦りを感じて・・・限界でした。弾き語りが出来ない曲、言い換えるとバンドやオケ向きの非常に複雑で難しい曲がアルバムを埋め尽くしていたことで、どれも遠い存在になってしまったと感じました。
 さだまさしさん自身が意識しているかどうかは分かりませんが、彼が紅白で歌う曲はその多くが「神が乗り移った」頃のもののような気がしてなりませんが・・・。

 そして村下孝蔵さん。その存在を知ってからこの世を去るまでとても短い時間でしたが、彼も日本という国と言葉をとても愛していたんじゃないかと思います。あまりに有名な「初恋」や「踊り子」「恋路海岸」は今さら語らずとも・・・ですね。1度だけライブに行きましたが、それがバンドではなくギター2本だけのステージ。いや~、鳥肌の連続でした。その中で知った「午前零時」という曲が一番のお気に入りです。返す返すも惜しいアーティストを失いました。

 この他にももちろん多くの曲に興味を持ちました。ただ打ち上げ花火のように1曲で終わってしまったり、あまりにアーティストのイメージが強過ぎて歌いたくても歌えない曲もありました。その中にあって上述のアーティストたちの存在は、自分にとっては特異なものだったんでしょう。何年経っても磨り減らない思い出に残る曲は、国宝に指定してもいいのではと思うほどです(笑)。

 え? オヤヂの好きな「STARDUST REVUE」の名前が出てこないじゃないかって? 彼らはデビュー当時から知っているし、長いこと売れない時期でも毎年ツアーを組んで、全国津々浦々まで足を運んでくれました。特に静岡では2~3ヶ所で公演を行ってくれるので必ず会うことが出来たし、行く度にパワフルで素晴らしい演奏や歌を堪能して、たくさん元気をもらうことが出来ました。25年間も聴いていれば、好きなアーティストというよりは「どうなるか最後まで見届けるさ」って心境になっています。

 音楽の話になると、どうしても記事が長くなってしまいます。すみません。次回は「こんな曲を聴いてます」という記事をご紹介します。

お父ちゃんたちって大人しい

 今日の静岡県、とにかく暑かった・・・。12時の気温が33度。日向はもっと暑いわけですから、とても外に出ていられる状態ではありませんでした。この炎天下でスポーツに興じていた人たち、熱中症の危険にさらされながらのプレーだったでしょう。長男も中体連の試合に出掛けていましたが、あちこちで抱えられている生徒がいたそうです。こんな状況の中で本当にスポーツをやって、或いはやらせていいものなのか、ニュースを観ながら毎年考えてしまいます。

 そんな中オヤヂたちは、「歌のおまけ付教育講演会」へ出掛けてきました。隣町の「長泉町立東幼稚園」に通うこどもたちのお父さんを対象とした、参観&勉強会に呼んでいただきました。開始はいつもより早い午前9時30分、どれぐらいの人が来てくれるんだろうと思っていたら、何と50名以上のお父ちゃんたちで満席になりました。相棒と顔を見合わせて、
「これだけ父ちゃんばっかりだと雰囲気が異様だよな。」
 
 その「異様」さが、結局最後まで緒を引きました。ママ同士はほとんど毎日顔を合わせてコミュニケーションを図っていますが、お父ちゃんたちはお互いが誰だか知らない方がほとんど。その証拠に隣同士で座っても会話を交わす人が皆無で、終始水を打ったような静けさ・・・。これは我々にもいつも以上の緊張感を与えてくれました。そう、お互いが緊張しているから、相棒の話術で和ませるしか方法はありません。
しかし
前列から2列目までのお父ちゃんたちに、お子さんの組名や先生の名前を聞いてみましたが、答えられるのはほんのわずかな方たちだけ。その方たちも先生は下の名前しか分からず、相棒が盛り上げるどころか逆にショックで、もう一段階話を手前に戻すことに。

 いろいろな場面で積極的に客席に話を振りましたが、聞き取れないほどの小さな声で答えたり、単語ばかり並べたような話し方をするお父ちゃんがいたり。とうとう歌でも盛り上げることは出来ませんでしたが、これは我々のレベルによる部分も大きいのでしょう。

 幼稚園でのイベントが苦手なお父ちゃんたちが、フォークを歌う講演会なんて参加しちゃった(このような講演会だということは、事前にインフォメーションしていたそうですが)もんだから、きっとどういう反応をしていいか分からなかったんでしょうね。
 でもお父ちゃんたち、組名や先生の名前は分からなくても、せめてこどもといっしょに朝ごはんを食べる時間は作って下さいな。

 そういう訳で、新しいギターの音を楽しむ余裕はまるでありませんでした・・・。



そりゃあんた、「子育て」はなかなかどうして「たいへん」さぁ…
でも、それ以上に絶対「面白い」んだから!


●まずは「父親(おやじ)」としての自己紹介
おやじらは同級生なのに次の世代はズレているから面白い

●「父親」だって「子育て」に参加しているのに・・・
少なくとも、≪そのつもり≫ にはなってますよね?
でもやはり、どうしても「子育て=母親」という発想から逃れられないみたいで・・・

●「父親」オリジナルな「子育て」の不安や悩みやたいへんさって?
「何がたいへんなの?」 ってあなたねぇ・・・
もち論、母ちゃんたちには母ちゃんたちなりの「不安・悩み・たいへんさ」があるのでしょう

●「子育て」を楽しまなく(楽しめなく)なっているとしたならなぜだろう?
「家族」や「家庭」が前提のカノジョやカレシじゃダメですか?

●「仕事と子育て」ですか? 「子育てと仕事」ですか?
「ライフ&ワーク」バランスですか? 「ワーク&ライフ」バランスですか?

●こどもができた今だからこそ「子育て」を楽しみませんか?


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これからの予定など

 これからのスケジュールが固まってきましたので、とりあえずご紹介したいと思います。

・長泉町立東幼稚園(地元です)
テーマ 「父親(おやじ)だって子育てに参加してるのに・・・」(仮題)
7月12日(土) 9:30-11:00  関係者のみ

・愛知県豊橋市役所大会議室
テーマ 未定
10月5日(日) 10:00-12:00  主催:豊橋市男女共同参画推進ネットワーカー

・相模女子大学学園祭
11月2日(日) 時間未定
こども教育学科有志によるイベントに「F&R」も参画

・「カフェ グリューン」ライブ
11月22日(土) 19:00-21:00
久しぶりの単独ライブです。ラインナップは12曲を予定。
食事をしながらオヤヂたちの歌を楽しんで下さい。
すでに予約受付中とか・・・。「カフェ グリューン」さんの紹介ページはこちらです。ご希望の方は直接お申し込み下さい。



 絢香さんの新しいアルバム「Sing to the Sky」を買いました。素晴らしい出来映えです。このアルバムを聴きながら毎日通勤しています。元気をたくさんもらっています。詳しい感想は、また後日。

新しい相棒

『「F&R」ついに解散! ギターオヤヂ、新ユニット結成!!』

 我々が著名なミュージシャンだったら、スポーツ新聞の大見出しはこんなかな・・・。相棒は「阿吽の呼吸」で物事を運ぶことが出来る無二の親友なので、よほどのことがない限り解散は有り得ません。驚いてしまった方、ごめんなさい。

 この度ギターを買い換えました。Martin「D-41」から「D-45SQ」へとスイッチした訳ですが、その方面に詳しい方でなければ「何のこっちゃ」でしょう。恐らくギターと少しでも関わりを持たれた方なら、この機種をご存知ではないかと思います。オヤヂが20歳前後の時に、「風」の伊勢正三さんやさだまさしさんのライブでこのギターの音色に衝撃を受けてからというもの、30年に渡って恋焦がれていたギターでした。それをようやく手に入れました。

 これまで使ってきたギターに不満があった訳ではありません。行きつけの楽器店に何度も足を運んで、やっと程度の良いギターを発見した時はうれしくてうれしくて。製造から20年、購入してから7年間数々のライブで心強い相棒として活躍し、やっと木の色合いも音にも風格が出てきたところでした。

 でも、レギュラー・ラインナップとしては最上位機種の「D-45SQ」の音は別格。スタイルや装飾は酷似していますが、材質や音を鳴らすための工夫がまるで違う。使用する木の材質が基準をクリアしないと、その年の生産を中止してしまうほど品質に拘っているので、他の機種から比べると生産本数が極端に少ないギターです。それだけに高音は鈴のような音を奏で、中音・低音もこれでもかというほど音がはっきりとしています。また、装飾にもアバロン(メキシコ貝)を使用して、ステージ上でもその存在をアピールするので、一線級のミュージシャンが重用するのも頷けます。

 みなさんのブログをパトロールした後、最後は決ってギターショップのHPを見て寝床に入ります。こんなことを2年ほど続けていたら、
「そんなに欲しいんだったら買えば? 少しなら貸してあげるから。」
とカミさんが背中を押してくれました。これでスイッチが入ったオヤヂは、先週東京・御茶ノ水の楽器店へ出向き、ずっと狙っていた実物と対面をして、程度や実際の音を確認しました。スゲェ・・・。
「現地(アメリカ)から入ってきて誰も使っていませんからね。これなら文句ないでしょ?」
と、顔なじみの店長からもお墨付きをいただきました。1994年製で木の色も飴色でいい具合に焼けていたし、傷も小さなものが2ヵ所程度で不具合も皆無でした。

 新品ならば120万円(実勢85万円)というプライス。自分が「中古」に拘るのは経済的な理由ももちろんですが、拍子抜けするほど音の出ない新品よりも、大切に弾き込まれた中古の方が即戦力になるし、時には新品のプライスを軽く上回るものも存在します(1960年代の同じ機種の極上品が、6百万円で売られていました)。

 一度自宅へ戻り、「D-41」を査定してもらったら24万円という回答。それに自分のへそくりとカミさんからの借金を併せて、昨日念願の「D-45SQ」が手許に届きました。みんなが寝静まってから徐にケースを開け、しばらく拝んだあと弦の張替えをしました。家の用事が続いたので残念ながらまだ弾いてはいませんが、明日相棒との練習があるのでそれを楽しみにしています。相棒には話す機会がなかったので、彼はこのことをまったく知りません。黙ってケースから出してみて、気付くかどうか試してみるつもりです(笑)。

 さて、最後に今回のプライスですが・・・所有しているデジカメ「Nikon D300」のボディ3台分・・・と言えば分かっていただけるかもしれません。お披露目は、来週土曜日に隣町の幼稚園で行う「歌のおまけ付教育講演会」になります。

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これまで7年間使ってきた、Martin「D-41」です。これはこれでいいギターでした。

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こちらが新しい相棒になった「D-45SQ」。外見上の違いはピックガードの色だけですが、出てくる音はまるで別物・・・。
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