Ricky de Night

 「リッキー's ブランチ」が、4月11日から金曜日19:30-20:00に変更になり、番組名も「Ricky de Night(リッキーでないと!)」に変わりました。これを機に自分の登場も最終週のみとなり、務める日は番組の後半を受け持つことになりました。
「自分でテーマを決めて、リスナーに問いかけしてくれる?」
相棒にひとことは結構プレッシャーになりましたが、月に1回の登場は復職したがための心遣いのような気がします。
 25日の放送では、「挨拶や返事の出来ない子どもが増えたゾ」というテーマでお話をさせていただきました。今日は、その原稿をご紹介します。

 息子が少年野球チームに入っていたことで、子どもたちと接する機会が多くなりました。その子どもたちに感じること、元気に挨拶や返事の出来る子が、ずいぶん少なくなったように思います。技術と一緒に礼儀を身につけさせる野球チームでさえ、目や耳を疑うことがあります。挨拶に始まり挨拶に終わる練習や試合。しかしながら監督やコーチ、練習の手伝いをする父親以外に目を向けると、なかなかそれが出来ていないのが現状です。仕事の都合でたまにしか顔を出せない父親には、誰かが口を開かなければ挨拶をしないまま。或いは買い物途中のカミさんには、目を合わせながらも通り過ぎてしまう子が多いそうです。あれだけ監督から大きな声で挨拶や返事をするように指導されているのに、いったいどういうことなんだろうと不思議でたまりませんでした。

 ただ、その中で唯一いつも笑顔で挨拶をしてくれる少年K君がいます。5年生になったばかりなのに、すでにチームのエース的存在で、昨年入部したその翌日に初登板を果たした兵です。挨拶だけではなく、今年の卒団式では下級生としてはただひとり、号泣しながら贈る歌を歌っていた姿が印象的でした。僕はこれまでどのような育て方をしてきたのか、親御さんに聞いてみたくて手紙を書きました。その返事が先日届いたので、承諾の下一部をご紹介したいと思います。

 『お便り拝見しました。恥ずかしながら子供たちの躾は、自分たち二人は何もしていません。でも、ただ言えることがあるとすれば、家族みんなで一緒に楽しんで、ひとつの物事に対しみんなで真剣に取り組むということでしょうか。子供たちの楽しむ顔を見るのが楽しくて、子供の喜ぶことをすることが僕たち二人の趣味なのです。
 Kが野球に興味を持った3歳の頃から毎日バットを振らせ、シャドーピッチングをやらせ、「巨人の星」以上のことをしてきました。だから今のKの野球をやっている姿を見ると、涙が出そうになります。ギターオヤヂさんが撮ってくれたKの初登板の写真を見るたびに、その試合中の自分の行動を思い出してしまいます。実は外野でひとり号泣していました。
 ギターオヤヂさんがこれからもKのことを見続けて下さると幸せです。』


 このように躾に関しては何もしていないと謙遜されていますが、野球をやっていた父親のうしろ姿に憧れて、厳しい練習の中から生まれた信頼が、挨拶の出来る子供に育てたのかもしれません。実際このご主人は遠くからでも必ず声をかけてくれるし、奥様も子どもたちには積極的に声をかけています。
 ひとつの場所だけで「挨拶!返事!」と連呼するのではなく、家庭でもその大切さを親が身を持って手本を示すことが必要だと感じました。

 という我が家も特別なことはしていませんが、僕が足が悪いという、普通と少し違った環境の中で子どもたちが生活しています。福祉や音楽と繋がりのある方たちが訪問された時、必ず息子にも紹介してきました。「親父はこの人たちとこんなことをしているんだ」ということを見てもらうためです。普段は会話に主語述語が無かったりする宇宙人のようなヤツですが、先日リッキーにNHKのスタジオ見学に連れて行ってもらった時に、常に率先してドアを開けていたことをディレクターさんに褒めてもらったとリッキーから聞き、やれば出来るじゃん!と少しだけ息子を見直しました。

 このところ病院を始め、あらゆる場所で返事をしない大人を見かけます。それで何事も無く済む時はいいのですが、ひとこと足りないために関係が悪くなったり、時にはそれが犯罪に結びつくことさえあります。10歳前後の子供たちですから理屈を叩き込むよりも、知った顔を見つけたらまず挨拶、名前を呼ばれたらはっきりと返事することを、大人たちがやってみせることが大切ではないでしょうか。

 今日はある野球チームに特化してお話をさせていただきました。余談ですが、高額な用具やユニフォームを揃えるのは、時代の流れとして仕方の無いことかもしれないし、勝負事ですから勝つことに執着する気持ちも分かります。でも、教えなくてはならない礼儀が十分に伝わっているかどうか、チームを離れてクールダウンした時に、同時に頭から消えてなくなっていないか。監督やコーチ、親御さんが自身で確かめてみることは、決して無駄なことではないと思います。

 放送を終えて、改めて話すことの難しさ、言葉の重さを感じました。次回は5月30日です。

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入団2日目で初登板のK選手。まだ背番号がありませんでした。親御さんはこの姿を見て号泣されたんですね。
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復帰の1週間が終わりました

復職して、あっという間に1週間が終わりました。月曜日に全員朝礼での挨拶に始まり、新しい上司とチーム員との仕事が始まりました。出退勤や行動予定はPCで管理しているのでその辺りから復習を始め、仕事上使用する管理や検索システムの復習。検索式を思い出すのがちょっと大変でした。それから休職中の会議の議事録をすべて読んで、部署の流れや現在の体制を把握してみました。実際の仕事としては、簡単な引継ぎや守備範囲の説明を受け、作成する資料のデータを確認しました。就業はフルタイムです。7時前に出社してコーヒーを飲んだりして始業時間まで過ごし、夕方は6時頃に退社します。今週はこういったところです。

例の上司とも挨拶を交わしましたが、体調に変化は無し。
「元気そうでよかったよ。」
なんて心にも無いことを言っていました。以前は顔を見ただけでも過呼吸や発汗があったものですが、1番心配していた状況も何とかクリア出来ました。一方面談の際に相手をして下さった室長や部長は2回ずつ、人事部の担当の方も1回職場に様子を見に来て下さいました。ありがたいことです。
「お忙しい時間にすみません。」
「別におまえの様子見に来た訳じゃないよ。でも元気そうだな。」
室長や部長は、まったく同じ様なことを言って帰っていきます。それを聞いている上司は思わず吹き出してました。

すでに今日から来月5日までGW休暇(6日は出勤)です。休みが明けると本格的に仕事に入ります。週に2回会議が予定されているし、入力する仕事も溜まっていました。体調に変化が無いので、少しぐらいは忙しい方がいいかな・・・と思っています。もちろん無理は禁物ですが、チームの連中と同じ目線に立った方が逆に気が楽なような気がします。たくさんの応援をありがとうございます。
ただ、平日はやはりブログの更新がなかなか出来ません。みなさんのところへお邪魔して「読み逃げ」しています。お許し下さい。



今日東北にお住まいのお知り合いの方から、とっても素敵なプレゼントが届きました。苗字の入った木札です。しかも手彫りの非常に味わいのある字体で、木の質感もぬくもりややさしさを感じます。とても趣味で作ったものとは思えない出来映えでした。しかも、うれしいことに相棒にも同じものを作って下さいました。先ほど本人に手渡しましたが、えらく感動していました。
早速ギターケースの取っ手に付けました。シブ~。さりげないアイテムとして、とても気に入りました。ありがとうございます!

明日は静岡で、「やまぼうし井戸端ライブ」の第2回目が行われます。木札を付けたギターを持って、思う存分歌ってきます。

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いただいた木札です。シブイでしょ?

復帰1日目が終わりました

無事に復帰1日目が終わりました。それほど疲れは無いです。もっともろくな仕事はしていませんから(笑)。朝5時に起床、カミさんとチビに見送られて出発し、6時40分には会社に到着。忙しかった頃のペースのままでないと調子が出ないので、早めに出社しちゃいました。先日面談して下さった室長が、「おっ!」と言いなが迎えてくれました。

始業時間が近づくにつれ、同僚が集まってきました。ひとりひとりに挨拶をすると、「やっと戻ってきたな」と温かく迎えてくれました。例の上司は、本日出張で不在。朝礼で挨拶をしましたが、知らない顔もかなりいました。

新しい職場、といってもみんな顔なじみ。正面の席の新しい上司は、以前息子さんが少年野球に入っていたことでよく話をしていましたし、横も斜めも休職中にいろいろ心配してくれた仲間です。所属部署としては同じですが、チームが異なるために仕事の内容もまったく変わります。これからは8人の仲間との仕事に。

午前中は上司とチーム内の取り決めの説明と雑談、それから新しくなったPCの設定とカスタマイズ。ネットワークやフォルダのセキュリティー強化で、システム担当者と連絡をしながら四苦八苦でした。午後からは休職中に行われた会議の議事録を読み、部署の変遷を確認。夕方からは仕事を引き継ぐ担当者と打ち合わせをしましたが、そのボリュームにかなり驚きました。GW明けから徐々にそれらに取り掛かります。

午後5時半終業ですが、6時過ぎまで同僚らと雑談。やっと戻って来れたことを実感しました。帰りの車中で聴くFMも本当に久しぶりで、渋滞もそれほど気にならないほどでした。帰宅すると再び一家でお出迎えを受け、チビの
「パパ、頑張ったね!」
で、一気に気持ちが解れましたよ。いや~、参りました(笑)。

やっと1日が終わったばかりですが、この積み重ねで仕事を覚えていくしか出来ないし、薬もカウンセリングも継続なので、しばらくは様子を見ながらの勤務になります。
復帰に際し、相棒を含め4人のブロガーさんから激励メールをいただきました。ありがとうございます。オヤヂは元気です!

再び桜です

今年2回目の桜の撮影に出掛けてきました。富士山の麓にある「富士桜自然墓地公園」は、撮影した16日がまさに満開。園内には8千本のソメイヨシノが植えられていると聞きますが、ここまで満開の時季に行けたのは4年ぶりぐらい。圧倒されてしまって、どこを撮っていいのか分からなくなる始末。この辺りがヒラメキとウデの乏しいところです。

翌日には天気が大崩れするとの予報で、午前中出掛けたにも関わらず思いっきりの曇天。桜はペタッとした印象になってしまったし、富士山もかすかに分かる程度。これだけの桜を見ることが出来て贅沢だと言われそうですが、ン~~~青空が恋しい・・・。
では、いつものようにヘタクソな写真の数々をご覧下さい。


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公園入口の池の土手に、圧倒されるほどの桜が植えられています。後方にはボヤ~ッと富士山が・・・。


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公園中央の芝生広場から。開場直後は閑散としていましたが、1時間も経つとスゴイことに・・・。


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まさに桜のトンネルという感じです。しばし見とれてしまいました。


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こういう光景を見て、改めて墓地ということを思い出します。墓地全体の面積は122万㎡、東京ドーム26個分の広さです。


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自分のクルマをパチリ・・・すみません。園内の道路はすべて駐車可能です。


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今回ミツバチの姿はありませんでした。その代わりウグイスが方々で鳴いていましたよ。


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斜面に設置されている公園なので、勾配はかなりキツイです。お参りされる方は大変かもしれません。


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帰り際のカットです。やはり富士山は、最後までご覧の状態でした。

誕生日おめでとう!!

チビが3歳の誕生日を迎えました。早いものです。毎日ドタバタと追い掛け回しているうちに、3年が過ぎてしまいました。おっぱいを吸うのもやっとだったのが、今では「そんなのカンケーねぇ」「ラララライ」「元気があれば何でも出来る!」なんて言う様になったんですから。ま、おバカな兄貴のせいですがね。

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4月2日から保育所(ばらぐみ)に入りました。最初は毎日のように泣きまくっていて、朝家を出るまでは親子にとって辛い時間でした。このまま4年間泣き続けたらどうしよう・・・なんてことも考えたりもして、挙句幼児教育のプロフェッショナルである相棒に、愚痴を聞いてもらったりもしました。
「園や学校であった事を、<あれ~、嬉しそうじゃん 何かあったのか~?>みたいにこちらから楽しそうに尋ねる。」
「とにかく、徹底して褒める。<今日は少ししか泣かなかったね~、偉いな~>みたいにさ。」

毎日続けてみました。すると洗脳されたのか慣れたのか、子どもの順応性はスゴイ! 今週に入ってベソが半ベソになり、今日なんか
「保育所、嫌がらない!」
なんて言いながら素直に出掛けて行ったんです。もう、感動ものでした。入所した時からカミさんは保育士さんに預けた後、物陰からチビの様子を伺っていました。するとひとりで靴が脱げるようになったり、すぐに泣き止んで友達と遊び始めるように。連絡帳にも「給食もほとんど残さずに食べます」と書いてあり、最近家での食事の量もグンと増えました。ふたりして保育所のパワーに驚愕です。
「でもね、保育所着いてお昼寝終わったら迎えに来るからねって離れる時、ものすごくガマンしてるのが分かる。それを見てると、こっちがウルウルしてくるよ。」
と、カミさんが言っていました。多分自分が送って行っても同じでしょう。相棒と保育士さんに感謝です。

という訳で本当は明日が誕生日なんですが、明日はカミさんが長男の授業参観や懇談会、自分は心療内科と夜はラジオがあるので、お祝いを1日前倒しして行いました。お約束のお寿司とケーキを、これまたいい調子で口に運んでいました。途中長男とカッパ巻きの取り合いになって、長男の醜態が露呈。

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プレゼントは、以前から欲しがっていたトミカの「ファイヤーエンジンコレクション(消防車5台セット)」。手渡すと弾けて走り回って狂喜乱舞でした。長男が触ろうものなら、
「やめてくれないかな!」
と、睨み返していました。これも長男の口癖をマネしたんですが(笑)。

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来週から仕事に戻ると、遊ぶ時間がグッと減ってしまいます。先ずは親が子離れをしなくてはいけないようです。でも、休職したおかげで(というのも変ですが)貴重な成長時期をいっしょに過ごせたことは、何ものにも替えられない宝ものとなりました。

3歳の誕生日おめでとう!!

そんなもんなのかな・・・

今日は記事を書く予定はありませんでしたが、呆れるのを通り越して思わず笑ってしまった出来事があったので、少しだけ書いてみようと思います。

今日、会社から2通の封書が届きました。1通は人事部から、もう1通は所属していた部署からのものでした。人事部からのものは復職を前にして、手続き書類や「無理をなさらず、ご自身のペースで」といった体調を気遣う文書が入っていました。一方所属部署からのものは、グループ会社が募る団体保険の申込書。他には何もなく、本当に申込書だけの中身でした。その申込書を裏表見てみたり、封筒をひっくり返したりしましたが、挨拶文が何もないことを確認すると思わず笑いがこみ上げてきました。

先日同僚から、
「今日(7日)会議で、ギターオヤヂさんの復帰が21日からということが公表されましたから。」
という連絡をもらいました。すでにそれから1週間以上経過しているし、来週の月曜日からの出社ですから職場の全員がそれを知っているはず。それなのに部署からの封書には「送付しますので査収下さい」どころか、誰が送ったものなのか印ひとつ押してありませんでした。

上司も上司なら部下も部下・・・ごく普通にこんなフレーズが浮かんできました。復帰を喜ぶようなお世辞や社交辞令が欲しいというのではありません。既述のように封書を送るならそれなりの挨拶文ぐらい入れない? と思った訳です。知らない仲ではないのだから、ポストイットに走り書きだって十分です。単に常識が欠落しているのか、自分の仕事を押し付けられた腹いせか、それとも病気で長期休職したことに対して怠惰な人間と思われているのか・・・あくまで想像の域は出ませんが、あまりにも対照的な2通の封書に余計なことをあれこれ考えてしまった訳です。

でも大丈夫です。以前のように、これでへこむような心体ではありません。もし実際にそう思われているとしても、どうぞご勝手にという気持ちで出社します。つくづくこの部署に戻らなくてよかったと思いました。
カミさんに笑いながら、
「そんなもんかなぁ。」
と言ったら、実にあっけらかんとこう返事されました。
「そんなもんだよ!」
これが簡単にへこまなくなった要因かもしれません。

アナログ音源に和む

職場復帰まで1週間となりました。体調は良好です。この状態を維持しつつ、その日を迎えたいと思います。立て込んでいたNPOの作業もヤマを越えました。4月27日のライブに向けて、あとは自分たちの演奏の準備を整えていくだけです。この先有難いことに様々なイベントにお声掛けをいただいています。後日お知らせしたいと思っていますが、歌う機会が増えれば演奏する曲のストックが心細くなってきます。譜面を初見でバリバリ演奏出来れば何の問題もないんですが、歌うのも弾くのもやっとこさっとこのオヤヂ二人は、地道に稽古(練習)を重ねていくしかありません。

今日は午前中その稽古を行い、午後はレパートリーを広げるべく新たな曲探しに没頭しました。アコースティックギターの音をアピール出来るのは・・・「風」です。正やん(伊勢正三)の弾くマーチンD-45の音は、一瞬で虜になってしまったほど。さっそくカセットテープを保管してある棚から、4枚分のアルバムを納めたそれらを取り出し、次々に聴いていきました。学生時代LPからカセットに録音したもので、カートリッジ(針)がゴミを拾う「パチパチ」という音と、カセット特有の「シャーッ」というヒスノイズが、妙に心地よく体に沁み込んできました。当時はこのノイズを出来る限り減らすために、レコード盤やカートリッジの清掃をしたり、カセットデッキのヘッドの消磁や掃除、クローム製のテープにノイズリダクションを使ったりと、えらく手間のかかることをやっていたもんです。今のデジタル機器やCDからは想像も出来ません。

オーディオが好きだったので、ギターの音が忠実に再生出来るアンプやスピーカーを探し回りました。ただ、アパート住まいだったので大きな音で楽しむことが出来ず、当時(1977年頃)1万円ほどした「パイオニア」製のヘッドフォンを買って楽しんでいました。
レコードはほとんどが1発録り。演奏するミュージシャンが集結して先にオケを録音し、後日アーティストがモニターでそれを聴きながら歌を録音、最後に左右2チャンネルにトラックダウンして完成となります。これをヘッドフォンで聴くと、頭の中でどの楽器がどの位置にいるのかが見えてくるんです。しかも「エレアコ」と呼ばれるアンプ内蔵のギターなんて存在していない時代でしたから、マイクをサウンドホールにくっつけて録音していました。これが生音により近くなる理由です。原音を楽しむのならアナログ、この思いは今でも変わっていません。

なので、LPやカセットは捨てることが出来ません。LPはそれほどでもありませんが、カセットは400本ほどあってなるべく湿気の影響を受けない形で保管してあります。カセットはテープ同士が密着しているので、時間が経つと音が転写して聴きづらくなってしまいますが、今回引っ張り出したカセットは健在でした。

今日ももちろんヘッドフォンをつけて聴きました。あれほど敵対視していたノイズが妙に懐かしく響いて、気がついたらすでに夕方に。ページの黄ばんだ楽譜集を眺めながら、「海岸通」「通り雨」「あいつ」「地平線の見える街」「君と歩いた青春」の5曲を選びました。次の瞬間、無意識にそれらをまとめるためのMDをコンポにセット。
「結局デジタルじゃん・・・。」
思わず苦笑いしてしまいました。頭出しやリピートに便利なので、自然に重用してしまうんですね。矛盾しているかもしれませんが、やはり好きなものには拘りを持って関わっていきたいと思います。
アナログ音源に癒された1日でした。

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桜です PART 2

今日も早朝から静岡は雨です。おまけに花冷え。平地ではすっかり葉桜になってしまいました。これからGWにかけて、富士山周辺でお花見が楽しめます。自分がよく撮影に出掛ける「富士桜自然墓地公園」では、ようやく開花したとの情報が掲載されていました。

さて、前回ご紹介した近所の公園ですが、今回は思い思いにお花見を楽しむ方たちの写真をご紹介します。何かとややこしい昨今、許可を得て撮影・掲載しています。そうしないとこのオヤヂ、単なる不審者ですから・・・。


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「パパ、ちゃんと撮れてる?」 今時の子どもは、デジカメの特性をよく知っています。


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ママと遊ぶのが楽しくて仕方ないんでしょう。ずっと走り回っていました。


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「カ・チ・テ」 「・・・・・・」


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「わぁ~い、かりちゃった~」


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ソフトフォーカスにすればいいってもんじゃないですが・・・。ウデの無さを必死で誤魔化してます。


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コンデジで撮影する時の定番のスタイルになりました。傑作は撮れたでしょうか。


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最近この「ペタンク」という競技が流行っています。「ゲートボール」はもう古い?

小さな巨人 再び

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2月に「リキブラ」にゲスト出演いただいた、津軽三味線の全国大会で優勝した芹沢萌々果さんの興奮が続くある日、地元紙で上のような記事を見つけました。「オラが町のスゴイ人」をゲストに・・・という番組の意向もあり、ぜひ彼女にお出でいただこうと小坂Pに強くお願いをしました。コンクールや学校行事が重なったため、昨日5日の放送でようやくそれが実現しました。

北田奈津子さん、先日初めてギターのコンクールに出場し、銅賞及び敢闘賞に輝いた中学3年生です。中部地区大会では金賞を獲得しての全国大会出場。並外れた才能の持ち主だということは分かりますが、いったいどんな14歳なんだろうか・・・。相棒が急用で番組を休んだので、オヤヂの小鳩のような心臓はバクバクでした。

ご両親、祖父母と共に彼女は来局しました。生演奏をお願いしてあったので、右手には金属製のギターケースが握られていました。
「はじめまして、北田奈津子です。よろしくお願いします。」
こちらからご挨拶をする前に先手を取られてしまいました。笑うとえくぼの可愛らしい、どう見てもごく普通の女子中学生でした。さすがに挨拶がしっかりしています。

お目にかかるのを首を長くして待ち望んでいたことを伝えると、北田さんも「ボイスキュー」に来ることを楽しみにしていたそうです。聞けば学校では放送部に所属しているのだとか。インタビューの内容や番組の流れを説明し、それをキューシート(進行表)に書き込んでいくと、彼女の目はそれを食い入るように見詰ていました。

本番5分前、ギターのチューニングを済ませスタジオ入り。
「ここで放送しているんですね。感激です。」
と、緊張などどこ吹く風という雰囲気でしたが、本番が近づいてくるとこんなひとことも。
「私、学校でもカミカミなんです。大丈夫かなぁ・・・。」
本番スタート。冒頭お休みの相棒が大学の研究室から電話で出演。
「生演奏聴きたかったです。リスナーのみなさんを楽しませて下さい。」
と北田さんにエールを贈りました。

さっそくいろいろな質問をしましたが、控えめな声の出し方の反面、間を空けずに要点を伝えることや自身がアピールしたいことをしっかり伝えてくれました。
「お母さんがフォークギターをやっていたので、自分も弾いてみたくなってお母さんに教わろうとしたんですが、しっかりと基礎から勉強した方がもっと楽しくなるからと、ギター教室に見学に行きました。そこで出会った先生のテクニックに驚いてしまって、自分もあんな風に弾いてみたいと思って始めたら、そこからどんどんハマってしまいました。」
「毎日どれぐらい練習しているんですか?」
「教室は週1回で30分です。家では毎日1時間練習していますが、大会が近くなると4時間ぐらい弾いています。続けてではなくて、最初の2時間は割と重い練習をして、間隔を空けてあとの2時間ではミスのないように音の確認をしながら弾いています。」
いかにもギターが好きでたまらないと言った表情で話をしてくれました。

そしてお待ちかねの生演奏。クラシックなので聴いたことのない曲でしたが、信じられないほどの指の動きと表情豊かな音色に、すっかりオヤヂは「北田ワールド」にどっぷり。
津軽三味線の時もその音圧に圧倒されましたが、6本の弦が重なって奏でるメロディーは、まさに小さなオーケストラと呼ぶに相応しい演奏でした。本来低音は指向性がないので音が散ってしまいますが、このギターは1音1音の粒立ちが見事! 中音高音も強いタッチで弦がビビることがなく、非常に質の高いギターだということが想像出来ました。緊張で手が震えたと苦笑する北田さんでしたが、ミスタッチはなく演奏は完璧でした。

次に初めて出場したコンテスト「ギター大好きみんな集まれギターコンペティション全国大会」での感想を聞きました。
「28名が出場したんですが、上手い人ばかりだったのでとても勉強になりました。11歳以下の部門があってそれを聴いていたら、私ももっと小さい時から勉強していればよかったと思いました。」
この時ばかりは真剣な顔で、コンテストでの様々な経験が彼女へ大きな影響を与えたのではと感じました。出場したB部門(ジュニアの部 12歳~15歳まで)9名の中で結果は惜しくも銅賞でしたが、3名しか受賞出来ない敢闘賞を見事獲得しました。何でもこの賞は審査員が印象に残った出場者に授与されるものだそうで、やはり非凡なものを持っているが故の受賞だったのでしょう。
「部門発表が終わってからたまたま審査員の隣りに座ったんですが、音は良く出ていたので、あとは指遣いを柔らかくするともっと表情が出ると言われました。」
14歳で全国大会へ出場するだけでも驚きなのに、冷静に自身の演奏を振り返ることが出来るのは、半端ではない練習量と素直さからではないでしょうか。

「これから何を目標にギターを続けていきますか?」
「自分だけの音を見つけて、どんな時でも緊張しないでその音を出したいです。」
これは芹沢萌々果さんも同じことを言っていました。やっぱりどこか通じるところがあるのかな。
「将来は何になりたいですか?」
「ギタリストです!」
満面の笑みで即答してくれました。

14歳らしいあどけない表情と話し方、でも生演奏ではコンサートホールにいるような錯覚をしたほど卓越したテクニックを披露し、とても中身の濃い30分になりました。
「最初は緊張しましたが、初めてのラジオがこんな楽しい番組だったので、とても思い出になりました。」
うれしいことを言ってくれるじゃありませんか。
お母様にどのくらいのギターを使っているのか、そっと聞いてみました。
「実は先生からの借り物なんです。値段は・・・大きな外車が買えると思います。」
「へ? あ、そうですか・・・。どうりで。」

小坂Pが出演の記念にと色紙を差し出すと、はにかみながら学校名と名前を書いてくれました。番組を収録したMDをプレゼントすると、大切にしますと両手で受け取ってバッグに仕舞っていました。これからのますますの活躍、オヤヂは楽しみにしています。

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演奏して下さった曲目
・リュート組曲第1番よりアルマンド/J.S.バッハ
・プレリュード第5番/H.ヴィラ=ロボス

桜です PART 1

静岡の桜は平地ではそろそろ散り始めたところもありますが、まだまだ頑張ってくれています。長男は野球団のお招きで、カミさんは子育て支援センターに集まるママ友達と花見を済ませています。さて自分・・・野暮用が重なって未だにじっくりと桜を楽しんだことがありませんでした。でも、ようやく行ってきましたよ。自宅から車で20分ほどの公園です。

着いた頃は人影もまばらでしたが、ものの30分もしないうちに来るわ来るわ。お気に入りの遊び道具とお弁当持参で、みんな思いっきりお花見を楽しんでいました。

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PART 2では、この公園で思い思いの時間を楽しむ人たちをUPします。

復帰へのカウントダウン

復職日が決ってから、初めて部署の上長(室長)と面談を行いました。「構えないで、ざっくばらんに話をしよう。」とメールを送って下さった上長、実は自分が入社する際に面接をしていただいた方で、入社後お互いが毎朝午前6時半に出勤していたので、必ず休憩室でモーニングコーヒーを飲みながら、いろいろな話をしていました。ライブにも奥様同伴でよく足を運んでいただき、その度にたくさんの差し入れも頂戴しました。その後異動があり、各事業所の工場長を歴任し現事業所の人事部を経て、5年ぶりに取締役に昇進されて古巣に復帰されました。

約束の11時前に駐車場に着いてしまい、時間調整をしようと思っていた矢先、「おい。」と声を掛けられて顔を上げるとその上長が笑いながら立っていました。
「おまえ、ずいぶん頭が白くなったなぁ。時間早いけど、行こうや。」
ということで応接室へ通されました。お目にかかるのは本当に久しぶりのことでした。
「人事部に来た時、おまえが休職してるって聞いて驚いたよ。」
こんな会話から始まり、世間話や病気や足の状態、復帰後どのチームで仕事をしたいのかといった話に終始しました。これまでの面談の状況もすべて把握しておられて、ピンポイントで「その時はどんな気持ちだった?」と神妙な表情で自分の説明を聞いて下さいました。

雑談の中で、休職中に始めた様々な活動について話をしました。親友の心遣いでラジオや「歌のおまけ付き教育講演会」、そして「夢楽団」に関わって、引き篭もりになることを回避出来たと伝えました。この病気と向き合っている方々が、すべてこのような状況で回復出来るとは少しも思っていませんが、自分にはたまたまこのような環境が合ったのだと感じています。それを聞いた上長が、こんなことを仰いました。

「僕が人事にいた時に、健康サポート部を立ち上げてね。社員の心と体のケアや相談の窓口として今も機能しているんだけど、この事業所にも多かれ少なかれメンタルな面に悩みを持っている社員がいる。おまえのように苦しい時期から回復した人間なら、そこでスタッフとして経験を生かすという方法もある。身障者の社員のケアも必要だし、そういうお客様もお見えになるから、おまえなら僕たちが気付かないことでも気付くと思うんだ。そういう活動をしているなら、将来的にその方面での仕事という選択肢もある。1~2年かけて体を完全に戻したところで、そういう意志があれば異動することは吝かじゃない。せっかく立ち上げた部署だし悩んでいる社員が多いから、本当に任せられるスタッフに就いてほしいと思っている。」

意外な展開でした。もちろんこれまでの仕事を続けていく気持ちでいます。ただ、将来的にそのような仕事に就くことにも少し興味が湧いてきました。上長は人との繋がりをとても大切にされる方です。自分の活動について、理解いただいたのかもしれません。いずれ時期が訪れた時は考えてみようと思います。

面談は12時に終わりました。貴重な時間を割いて、1時間以上も自分に付き合って下さいました。出掛ける前は少しだけ緊張していましたが、終わった時は復帰がより現実味を帯びて見えてきました。
「もう少し日があるから、仕事のことでも足のことでも相談したいことがあったら、人事を通さなくていいから直接僕にメールしてくれ。」
駐車場までの間、このように仰っていただきました。車に乗ってもう一度お礼を言うと、
「21日は普通に出社すればいいからな。心配するな。」
と、ひとこと。これにはガツンと響きました。うれしかったです。

今日2日は、チビの入園式でした。そして7日は長男の中学入学式。同じ春でも4月に月替りしたことで、別れから出会い、そして再スタートの時期に生活が移ってきました。復帰まであと19日です。
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