消失記事の再UPです

消えてしまった記事の再UPです。せっかくみなさんからコメントをいただいたので、この1件のみ修復しました。申し訳ありません。

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久々に空が晴れたので

今夜は満月です。空が晴れたら近場に出掛けて月光浴でも・・・と思っていたら、急用が発生してしまい午後5時ごろから出掛けることに。その時点では相変わらず雲が多い空模様だったので、それほど残念な気持ちにもなりませんでした。
ところが7時過ぎに用事が終わって空を見上げると・・・晴れてる。満月が見事に浮かんでいました。一瞬ピクリと腕が動きましたが、終わった用事というのが結構にタフだったので、やはり帰って体を休ませることにしました。

ただ、家に居ても窓の外には月が見えます。気がついたらカメラ抱えてベランダに立ってました。例の18-250mmの望遠側をいっぱいにして、測光やら補正を変えながら10枚ほど撮影してみました。周りの風景を写し込むなんてことが出来なかったので、単に月そのものをドカーンと撮った日の丸写真です。
こんな写真載せても面白くも何ともないんですが、逆に厳しいコメントをいただいた方がクスリになると思い、恥を忍んでUPすることにしました。若干輪郭をシャープにする修正を加えていますが、その他は撮ったままの画像です。

「ただの月じゃん!」

オヤヂは痛いほどに認識していますので、どうかご容赦を。

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そろそろ買い換えたい でも・・・

カメラが完全にデジタル主流になりました。写真が趣味とは言っても、その進化の速さには追いついていけないほどです。当然スタートはフィルムカメラでした。オリンパス「OM-1」からスタート、そして「OM-4」に買い換えて次はニコン「F4s」、露出計だけのシンプルな「New FM2」を購入しました。この2機は現在でも所有しています。

HPを立ち上げた時に写真を多く載せたかったので、コンパクトデジカメ(コンパクトしかありませんでしたが)を2001年に購入。そのうちにデジイチ(デジタル一眼レフカメラ)が登場し、これまで使っていたレンズがそのまま使えるという願ってもないメリットがあったので、「D100」を購入して現在に至っています。すでに5年目。

最初は風景やら鉄道やらポートレートなどジャンルを決めずに撮影していましたが、長男が野球を始めるとほとんどそれにしか使わなくなってしまいました。撮り始めからすでに3万枚を超え、ボディは傷やら埃にやられて満身創痍といった感が否めません。それに加え冒頭にも書きましたが、技術の進歩は自機を時代遅れにしてしまいました。

11月にニコンから、「D300」という新しいカメラが発売されます。スペックを見ると垂涎の機能が満載。知り合いにカメラ店の店長がいます。さっそく価格を聞いてみたら205,000円、「D100」の下取りは25,000円だそうです。差額は180,000円・・・。ぶはは~、最初からわかっていたことですが当然手が出ません。もう少し今のカメラを使うことになります。

だったらレンズは? こちらもカメラと同じぐらいの速さで、次々と新しいレンズが発売されています。自分の所有しているレンズはほとんどがズームレンズですが、守備範囲が狭いために15mmから300mmまで4本のレンズでカバーしています。持ち運びする際は結構に嵩張るし、交換する時もかなり面倒。今は18mmから250mmまでを1本でカバー出来る、高倍率のズームレンズが発売されています。「シグマ」や「タムロン」といったレンズ専門のメーカーなら、50,000円前後で手に入れることが出来ます。ちょっと触手が動いています。ここ数日頭を悩ませることになりそうですが、こうした時間が1番楽しいです。

そんなカメラとレンズで撮影してきた写真をご覧下さい。

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撮影する機会の1番多い少年野球です。70mm-300mmF4-5.6がメインで、曇天の際は80mm-200mmF2.8の明るいレンズを使用します。

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マクロレンズ(105mmF2.8)は、現実離れした世界を見せてくれます。

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デジカメを天体望遠鏡に接続して撮影しました。望遠鏡のF値が13.8と暗いので、明るい月の撮影には助かります。

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広大なニュージーランドの撮影では、広角ズーム(15mm-30mmF3.5-4.5)が重宝しました。

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鉄道写真は状況に合わせて様々なレンズを使用します。この写真は望遠ズーム(80mm-200mmF2.8)での撮影ですが、流し撮りではさすがに重過ぎました。

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撮影の機会が最も少ないポートレート。フィルムカメラには135mmF2(手動焦点)という明るいレンズを使っていましたが、デジカメにはマクロレンズを多用しています。

写真ブログを運営されている方には「な~んだ」と言われそうな写真ばかりですが、これが自分のレベルということで左から右へ♪受け流して下さいまし。足が足なので車で入って行けたり足場が安定している場所でないと厳しいですが、あくまでも出来る範囲内で趣味を楽しむつもりです。ああ、カメラとレンズがほしい・・・(笑)。

HPでカメラを始めた動機やら機材をご紹介しています。よろしかったらお立ち寄り下さい。

今時の修学旅行

小6の長男が、学校から修学旅行のプリントをもらってきました。10月18日~19日の1泊2日、さて行き先は・・・。
自分の時の行き先は、東京への日帰り旅行でした。いわゆる「はとバス」の東京見物とほとんど同じコース。皇居~国会議事堂~東京タワー~羽田空港~NHK放送センターだったと思います。ただ、自分は小中と修学旅行に行っていません。小学校は10月の出発の前にリハビリのために転校して施設へ入所、併設の養護学校では5月に旅行が済んでしまっていたんです。

中学では突然「留守番」を告げられ、楽しみにしていた京都・奈良への2泊3日の旅行は水の泡となりました。ここで愚痴を言っても仕方ないのですが、担任に聞いても「あなたの足のことを考えて」の一点張り。親も首を突っ込みましたが、何かあって全体のスケジュールを乱しても・・・と泣く泣く了承しました。今から思えばもう少しどうにかならなかったのかなぁと。何かあってって、出発の5日前になって言う方がどうかしてるよ。というわけで高校時代に始めて修学旅行に参加、4泊5日の九州旅行は実に楽しかったです。

話を戻します。静岡県東部に位置する小学校です。行き先は日光です。新幹線で東京駅まで行き、JRと地下鉄を乗り継いで浅草駅へ。東武特急「スペーシア」の待ち合わせの間に浅草寺や雷門を散策し、午後から東照宮・二荒山神社・華厳の滝を巡って鬼怒川温泉に泊まります。

2日目は大部分を「日光江戸村」で過ごし、午後2時過ぎに出発。全行程バスを使って午後6時に到着する予定です。添乗員や先生方はバス移動の方が断然楽チン。自分も昔添乗員を6年ほどやっていましたが、鉄道での移動は迷子が出たりホームを間違えたり、とにかく人数確認が大変なんです。中学・高校の修学旅行へは、添乗員は出来れば行きたくないというのが本音です。

でも、今の小学生って東京へは行かないんだ・・・と思ったら、年内に遠足として計画されているんだそうです。自分の時のように、今や東京は憧れや夢のある場所ではないのかもしれません。交通も整備されているから家族でも簡単に行けるし、webで様々な情報が拾えるからでしょう。

中学校で京都・奈良へ行くのなら、日光でもいいのかなと思いました。プリントには、「見学を通して課題を追求し、学習能力を高めると共に、史跡や芸術・文化遺産等への見聞を広める」と書いてあります。普段なかなか訪れることが出来ない場所で、生徒同士の親睦や団体行動を学ぶのが目的です。

東照宮の「陽明門」や「三猿」「眠り猫」、実物を見ると何だか感激します。二荒山神社はすぐ隣りにあって、男体山を御神体とする由緒ある神社です。小学生にはちょっと難しいかもしれませんがね。

翌日の「日光江戸村」は、江戸時代の衣食住や学問の様子を学ぶことが出来、「ニャンまげ」なんてキャラクターも村中を闊歩しています。1日目が歴史の勉強なら2日目はややお遊びに振ったかなという感じ。
この頃は紅葉も旬でしょう。特にいろは坂や中禅寺湖はドンピシャのタイミングかもしれません。周囲の山が真っ赤に染まる様を、ぜひ見てきてほしいと思います。添乗員時代は、紅葉の時季を迎えると4~5回日光へやって来ました。凄まじい渋滞も懐かしい思い出です。

さあ、その前に16日は小学校最後(早いなあ)の運動会です。何やらリレーのクラス代表に選ばれたんだそうで、野球の試合以上に燃えています。コラコラ!!

富士山の地元ですから

だから何? なんて突っ込まないで下さい。いつもコメントをいただいている海月さんが運営されている写真ブログ「Night Sea」、ここでの富士山の写真が素晴らしいんです。関東地方にお住まいなのですが、夕焼けの中にシルエットで浮かび上がる富士山は、見ていてため息が出るほどです。そのうちに、地元に住んでいるオヤヂには富士山の写真がないのか?と思い始めました。

あるんです。でもね、「ダイヤモンド富士」やマジックタイムの富士山は、リバーサル(スライド)で撮影したのでなかなかweb上での公開は難しいんです。プリントされていればスキャンかけてOKなんですけどね。スリーブのままだと埃が写ってしまったり全体がボヤ~ッとなってしまったり、とてもお披露目出来る写真ではありません。リバーサルの解像度はデジイチと比較になりませんが、webではかなり分が悪いです。

さ、言い訳をテンコ盛撒き散らしたので、デジイチで撮影した富士山をご覧下さい。昨年の10月撮影のものです。撮影日の3日後に初冠雪を記録しました。

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前日の夕方に富士山を見たら、かなりクリアに山肌が確認出来ました。これはいけるかも・・・と思い、朝5時に自宅を出発。日の出直後の富士を撮影しました。場所は「富士サファリパーク」のすぐそばです。

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「富士山スカイライン」は、なかなかいいワインディングが続きます。朝早い時間なので道はガラスキ。いい調子で走って行ったら、約10分で標高1,500mの「水ヶ塚公園」に到着。ここまで登ると、さすがに圧倒的な大きさを感じます。

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望遠を使って宝永火口を撮影してみました。遠景では優雅なたたずまいを見せる富士山も、活火山らしい荒々しさがむき出しになります。近くで見てはいけない山なのかな・・・と思ってしまいました。

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少し戻って御殿場口登山道「太郎坊」から撮影しました。標高は1,440mです。山小屋へ物資を運ぶブルドーザーの通り道が見えます。ここには1966年に上空の乱気流で空中分解後墜落した、英国海外航空911便の慰霊碑が建立されています。124名の尊い命が犠牲になりました。

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と言いながらも、空を見上げれば頻繁に飛行機が通過していきます。ここは航空路になっているようです。写真に写っているのはJALのB-767のような気がします。

愚作を見ていただきました。これから空気も澄んでくるし紅葉も始ります。ただ、海月さんの影響で遠方からマジックタイムでの撮影もしてみたいと思ってはいるんですが・・・。頼み込んで弟子入りしようかな。

続・歌付き教育講演会 in 富士市

「講演会をやります」と書いただけで、すでにたくさんの方からコメントをいただきました。ありがとうございます。「決して堅苦しくない講演会、しかもそれぞれにあの時聴いたフォークソングも付いてきます・・・」こんなキャッチフレーズで公表したところ、これまでに県内外からオファーやら問い合わせが多数寄せられています。もともとリッキーの人柄や講演の内容が評価されているからこその結果です。おおよそ90分に渡って話を聞くのは、よほど興味のあることでなければ集中力は続きません。だったら途中に歌を挟んで一息入れようというリッキーの発案から始まりました。今回もこのスタイルを快く受け入れていただいた、富士市子ども会世話人連絡協議会事務局/小澤美砂子さんに感謝です。

先日の記事にレジュメの一部を掲載しましたが、リッキーは話を始めるとその際の聴講者の反応や会場の空気を読みながら、臨機応変に内容を変化させます。これはラジオの展開とまったく一緒。講演会はもちろんすべてお任せなので、慌てることはまったくありません。年配の方が多かったので以前の浜松での「事件」を紹介して笑いを取りながら、遠まわしに「動員」がなかったかを確認。約50名の中で苦笑いしている方がいらっしゃらなかったのでひと安心でした。

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親はこどもたちのために進んでPTAに参加してる?
会長を決める際、父兄は大抵の場合尻込みをしませんか? 立候補を募って希望者がいなかった場合、次の手段はジャンケンかアミダ。ジャンケンは勝ち抜きではなく負け抜き。最後のふたりになると「恨みっこなしね」とか言いながら勝負。勝った方はガッツポーズだし、負けた方は憔悴しきった表情で、「実は家族に入院している者がいて・・・」と情に訴えたりする親御さんもいるそうです。
アミダは「決定」の場所に「×」が書いてあったりして・・・。そこまで自分のこどもが通っている学校の会長の仕事を敵対視しなくてもいいでしょう。こんな状況の中、リッキーは会長に立候補しました。しかも3年間連続で。その間中常に「楽しい」ことをアピールし続け、娘さんが6年生になった時の役員決めで再び立候補した時、他の親御さんから
「ずるい。」
と言われたそうです。
「そんなに楽しいのなら、私にもやらせてほしい。」
リッキーはそれを聞いてシメシメと思ったそうです。まさに3年越しの作戦が実を結びました。もちろんそれほど楽しい訳ではないでしょうけど、それを貫き通して手を挙げなかった親御さんの気持ちを動かしたんですからね。
「それでもダメなら、究極の解決法があるんですが・・・」
という話もしましたが、これはオフレコにさせて下さい。聴講者のみなさんは大きく頷いて拍手さえ起きました。こどもたちのことを思えばこそ・・・。ある中学校ではその解決法を取り入れてから、役員決めでもめることはなくなったそうです。

観察学習(モデリング)って?
アルバート・バンデューラという教育者の理論だそうです。例えばテレビゲームをしている人の横でずっと眺めているだけで、いつの間にかそのやり方を覚えてしまいます。平たく言えば、こどもは親の日常の態度を見て様々なことを学習しているというのです。態度や言葉遣いが顕著な例かもしれません。好ましくない言葉を何の抵抗もなく遣ってしまったり、モラルに反することをしたり見たりしても、それが当り前のことだと認識しているのです。親だけではありません。前の車から吸殻やゴミが捨てられるのを見ると、やってはいけないことの判断が出来なくなってしまうそうです。

また、一時期頻繁に発生した「オヤジ狩り」。弱者を徹底的に痛めつけて、時には死にまで至らしめました。
「俺たちは町をきれいにしている。」
加害者の少年達の言い分です。これも親の観察学習の影響なんだそうです。小さな時期からホームレスを指差して、「汚い」「臭い」「落ちこぼれ」などという表現を、こどもたちの意識の中に植え付けてしまったからです。そのうちニュース等で、ホームレスの暮らしぶりや住民とのいざこざを見て、自分たちよりも社会的立場の弱いことがわかると、攻撃的な感情が芽ばえてくるのだそうです。

リッキーはまとめに、こんな結論を提示しました。
《今、こどもたちに最も必要なのは「お手本」的価値のある父母&オトナです》
こどもには「人の話をしっかり聞きなさい」という親が、参観日やPTA総会などではおしゃべりをやめない。「決められた場所以外にゴミを捨ててはいけない」と言う反面、オトナたちが捨てたゴミを中学生に奉仕活動と言って清掃をさせる。それをこどもたちに突っ込まれると、あらゆる尤もらしい理由を付けて、「オトナはいいんだ」のような言い訳をします。これを「ダブルスタンダード」と言います。リッキーは、
・ずるいオトナたちの「反面教師」論や「ダブルスタンダード」が理解出来ればオトナ初心者かも
・「自分に出来ない」事を「こどもにやらせる」のはやめよう
・「やらせる」事より「やって見せる」事が大切

このような講演の結びを聴き、改めて自分の生活態度や言動を思い返したりしました。ヨイショするつもりは毛頭ありませんが、まさに子育て真最中の身としては、歌いながらもあれこれと考えさせられた講演会でした。

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自分はリッキーの足を引っ張らないようにと常に心掛けています。リッキーは自分との音楽活動を「先生と呼ばれない、最も癒される時間」と言っています。こんな思いが「F&R」の活動の支えになっているのかもしれません。終了後の「ココイチ」のカレーが実に美味かった!

歌付き教育講演会 in 富士市

こんなタイトルで、のんびり記事を書いている場合ではないかもしれません。朝からの台風接近に伴う断続的な風雨が、まさにピークを迎えようとしています。この辺りは完全に暴風域に入っていて、これから午前3時頃までは油断出来ない状況です。実際雨戸が飛んでしまいそうな風が吹いていて、時折家全体が揺れる時があります。雨もすごい勢いで降り続いていて、先ほどから消防車が行ったり来たりしています。停電に備えて懐中電灯やらラジオの準備、水や食料の調達も済ませました。とても寝られる状況ではなさそうですが、万が一の時のために起きていた方が無難だったりするかもしれません。同じ様に台風の進路にお住まいの方々、十分にお気をつけ下さい。本当に半端ではありません。

さて話は変わって、明日は午後7時から富士市内で「歌付き教育講演会」を行います。初めての夜の講演会なので、昼間と比べて気持ちの面でどうなのかという若干の不安があります。
今回の窓口を担当された方に聞いたところ対象者は80~100名ということですが、募った人数ではなくまた夜ということで、この半分でも来てくれたら有難いねとリッキーが言っていました。

今回のテーマは
《「お手本」としての父親・母親・オトナたち~今、こどもたちに最も必要とされているもの~》
○多発する「こども」関連の事件や事故
「100% こどもたちの責任で起きているケース」は ほんの僅かなのではないか?
彼らにだけ、否、彼らに責任を求めていいのか?
※ 原因や誘因や遠因としてのオトナを反省するきっかけになれば幸い

○「こどもたちが求めるもの」って何だろう?
例えば、自由に遊べる安全(交通的・防犯的など)な地域社会?最新鋭のゲーム機(オトナも夢中)?熱中症にやられない体力?豊かな経済力?豊富なモノ(衣類・文房具・玩具)?恵まれた自然?
※ 少し違った視点から考え直してみたい

いつものようにリッキーの話の途中に4曲ほど歌います。ところが今回はまったく練習する時間が取れなかったため、新しい曲に挑む時間がなく使い回しすることになりました。しかも午後5時に現地で落ち合ってからリハを行うので、なかなかスリルを味わえそうな予感・・・。せめて自分のパートだけは、おさらいしておきたいと思っています。この模様はまた明日にでもご報告します。

20,000アクセスありがとうございます

今日ブログを明けてみたら・・・おや?カウンターが20,000を超えてる。
ウオーーーッ、超えてるーーー!!
「24時間テレビ」のコメントのお返事やら寝台特急の記事やらで、ここ数日カウンターをまったく見ていませんでした。とにかく驚きました。カウンターの刻み方はいろいろあると思いますが、区切りとして正直うれしいです。みなさんに拙い記事を読んでいただいたり、楽しいコメントや考えさせられるコメントをいただき、何とかここまで辿り着くことが出来ました。
ありがとうございます!

「うつ病」「パニック障害」で休職をし悶々とした生活を送っていましたが、病気の経過や生活の様子を残しておきたいと、今年の1月4日からこのブログを始めました。書いたものは当然人の目に触れるわけで、誰に見られているのかわからない不安と僅かな怖さがありました。最初のコメントは、はらぐろさんからいただきました。あの時のうれしさは今でもしっかり憶えています。すぐにはらぐろさんのブログにお邪魔をして、お礼のコメントを書かせていただきました。

大学時代の友人ふたりが先にブログを開設していたので、コメントは書かせていただいていましたが、このふたりからもコメントをもらうようになり、少しずつオヤヂのブログは賑やかになっていきました。少しずつ余裕が出てくると趣味の話などを書き始め、逆にみなさんのブログにお邪魔してコメントを書かせていただくようになりました。素晴らしい写真に癒されたり、自分の知らなかったことに驚かされたり、そしてそのみなさんから熱いコメントを寄せていただけるようになりました。

単なる通過点ではありますが、自分自身の励みとして書き続けていこうと思っています。お陰様で9月下旬のカウンセリングと検査でいい結果が出れば、10月下旬ぐらいから復帰出来る可能性が出てきました。少しずつ体調を整えて、「頑張らず」に暮らしていこうと思います。改めまして、これからもよろしくお願いします。

どうやら台風が真上を通る気配です。明日の午後からは大荒れになるでしょう。ってすでに時折強い雨が降っている静岡県東部です。台風のコースになっている地方にお住まいのみなさん、くれぐれもお気をつけ下さい。

寝台特急「さくら」の想い出

これまで旅をする上で最も利用したのが寝台列車でした。ところが新幹線網が整備されるのに比例して、特急や寝台が統合されたり廃止されているのが現状です。今や時刻表から寝台列車を探すのも至難の業。乗ってみたいと思ったところで、自分ひとりが楽しむわけにもいきません。

2005年2月28日に、46年間の歴史に幕を下した老舗寝台特急「さくら・はやぶさ」号。その17日前に沼津~長崎間を個室寝台を利用して旅をしました。自分のHPに掲載したものをご紹介したいと思います。

2月28日で46年間の幕を下ろすことになった寝台特急「さくら・はやぶさ」。その最後の姿を目に焼き付けるために、沼津~長崎間を往復してきました。過去6回乗車しましたが、熊本行き「はやぶさ」と併結されてからは初めての乗車。しかも、これまた初めてB個室(18室)を利用して、往復33時間の旅を満喫してきました。平均乗車率29%なので、楽に切符が取れるだろうとタカを括っていたのが大間違い。個室だけは常に100%で稼動していたんです。すったもんだした末にようやくGET。ひと安心しました。

19:52、沼津駅2番ホームに直流電気機関車EF66に牽引された「さくら」が定刻で到着。逸る気持ちを抑えながら、いよいよ「さくら」に乗車しました。個室に入るとすぐに検札。「お客さんで個室は満室になりました」と、車掌さんから告げられました。個室にたどり着くまで普通寝台の通路を歩きましたが、さすがにカメラを抱えた鉄道ファンが多く、車内は異様な雰囲気が漂っていました。個室は狭いながらも快適で、プライバシーが完全に守られるのは大きな強味です。明かりを消して、名前もわからない駅を通過していく様子眺めていると、国鉄完乗していた頃を思い出しました。あっ、もちろん当時は個室なんてありませんでしたが。

翌日になるとファンの盛り上がりはさらにエスカレート。機関車を付け替える下関、門司、そして「はやぶさ」を切り離す鳥栖では、停車するや否やファンが前方に殺到。ホームで待機していたファンと併せると、その数ざっと50名ほど。この時は殺気を感じるほどでした。

沿線にも三脚を構えたカメラマンがあちこちに見られ、「廃止人気」の高さにただただびっくり。そんな栄光の瞬間とは裏腹に、単線でカーブの多い長崎本線に入ると、その速度は著しく低下。交換待ちだけならまだしも、同じ特急「かもめ」に何度も道を譲る鈍足ぶり。これも去り行く老兵の運命なんでしょう。

13:05、定刻で長崎駅に到着。相次ぐ盗難事件で、ヘッドマークの付いていない機関車を撮影するファン。そして地元メディアが取材を行う等、もう駅構内は「さくら」一色。やがて留置線へ回送され、しばしの休息に入りました。食事や市内の散策をして、3時間50分の長崎滞在の後、上り「さくら」に再び乗車しました。こちらもたくさんのファンに見送られ定刻に発車、今度は東京への長い旅路に就きました。


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19:52 沼津駅に「さくら・はやぶさ」が到着。旅の雰囲気が最高潮に達する瞬間です。

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今夜は個室寝台14(5)系の車体番号2002に乗車。

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寝台の内部。2階部屋なので天井の圧迫感がありません。快適な空間です。

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一晩わが城になる部屋の鍵。現在ではカードキーが主流ですが、当時は家の玄関ドアの鍵と何ら変わらず。

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22:44 名古屋着。わずか3分間の停車時間に、キヨスクで食料を買い求める客で店内は一時パニックに。見ていて怖かった・・・。

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23:09 岐阜着。この時間になると駅も車内も静寂に包まれます。夜行列車ならではの情景が目の前に。

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8:38 下関発。機関区にたった今任務を解かれたばかりのEF66(手前)が、疲れを癒していました。


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10:20 鳥栖着。ここで併結の「はやぶさ」が切り離されます。このイベントにも、ファンはホームを右往左往。

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13:05 長崎に定刻着。さすが日本のダイヤの正確さは世界一。赤い交流形電気機関車ED76が誇らしげに停車していました。地元のメディアも取材中。

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長崎駅は行き止まり式のホーム。車止めを見ると旅の郷愁がこみ上げてきます。ちなみに北の果て稚内駅は、車止めのすぐ先が海になっています。

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長崎のシンボル稲佐山。頂上から見る夜景は、函館にも劣らないほど素晴らしい! 手前には「さくら」が、3時間50分後の折り返しのために休憩中。

こんな記事をUPしていたら、旅に出たくなってしまいました。こうしている今も様々な人生を乗せて、寝台列車は目的地に向かって走り続けています。
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