主治医からのダメ出し

 たくさんの方々からのあたたかいコメントをいただきました。本当にありがとうございます。先日の記事の自分のコメント後に書いて下さった、カプチーノ。さん、momo2006さん、ありがとうございます。

 決心して行動を起こしたことで、少しずつ事態が動き始めました。昨日午後からカウンセリングへ出掛け、いつもより長い時間をかけて、主治医からのアドバイスや指示を受けました。まず、そのやりとりを書いてみようと思います。

 今回の体調不良はフルタイムで就業することに決めたあなたの勇み足と、会社の配慮の無さから招いた事態です。フルタイムで復職することに、私はあまり賛成しませんでした。あなたの体力への負担と不安、それと周囲があなたはもう完治しているという誤った判断をして、あなたが病み上がりということを忘れてしまうからです。そうなれば、どういうことになるか分かりますよね?

 会社まで通勤すること、執務室に座っていること、同僚の方たちとの雰囲気に慣れることすべてが、あなたにとっての大事なリハビリだったんです。あなたは意識していなかったかもしれませんが、そのどれもが大なり小なりストレスを与えていたんですよ。

 それをあなたは一足飛びにフルタイムで仕事を始めて、許容範囲を越えてしまったために体のリズムが壊れてしまいました。いいカッコをしては駄目です。このまま我慢或いは放置すれば、間違いなく再発します。しかも今度再発すれば、治癒にはかなりの時間を要することになります。あなたの場合の危険のサインは睡眠なので、今体が警告を発しているということなんです。

 あなたがリハビリなら会社もリハビリなんです。ここであなたが完治して以前のように仕事が出来るようになれば、
「この部署は社員のリハビリに積極的に取り組んでいる。」
と、良い印象や影響を与えることにもなります。

 精神的な疾病は誰にでも起こり得るものです。もし、ここであなたのリハビリが失敗して再発なり退職を余儀なくされたら、社員は体調が悪くなっても相談すら出来なくなると考えるでしょう。時間がかかってもリハビリが上手くいけば、あなたにとっても会社にとっても大きなメリットになるんです。

 一旦仕事をリセットしてくれるということならば、あなたもリセットしてはどうですか? 睡眠の状態が安定するまでお休みをもらうとかは出来ませんか? 仕事がリセットされた分気持ちが楽になるので、回復にそれほど時間はかからないと思います。その間に仕事の方法や分担を上司の方に決めていただいて、最初の2週間か1ヶ月は半日、それからフルタイムに戻して仕事もひとつずつこなしていって、せめて半年ぐらいかけて戻していくのが本来のリハビリなんです。それを上司の方々にお話して下さい。そして、あなたが未だ完治していないことを、社員の方々に再認識してもらって下さい。


 こんな言い方は失礼ですが・・・流石です。ひとこともありませんでした。どこぞの産業医とはまるで違う。その一報を室長や部長、そして上司にメールで送り、今朝改めて今後のことについて話をしました。仕事については現担当者が一旦引き取り、引継ぎはご破算となりました。異動も元々は決定したものではなかったということで、その話もなくなりました。

 「我々は医者ではないから、おまえが全面的に信頼を置いている主治医の言うとおりに従うよ。まったく配慮が無くて申し訳なかった。」
と、室長。
「完治して出勤してきたものと思っていたから、仕事についてはリーダー(上司)に任せっきりにしていたのと、自分も含めて周囲の連中がこういう病気を患った人とどう向き合っていったらいいのかを、把握出来ないうちに1ヶ月が過ぎてしまった。本当に申し訳ない。」
と、部長。いや、こちらも掻き回すだけ掻き回した挙句のこのザマに謝罪しました。

 結論は、明日から来週いっぱいまで休むことになりました。幸い50歳の節目の年に、会社から旅行券と5日間のリフレッシュ休暇が付与されていたので、明日を有休として来週をその休暇に充てることにしました。せっかくの機会だしカミさんにも苦労をかけてきたので、1泊2日程度の旅行に出掛けようと思います。

 以後の仕事については上司にお任せをして、今度はゆっくりと進めていきたいと思います。主治医からのダメ出しと職場の判断で、最悪の事態は回避することが出来ました。でも、今回もカミさんが吼えてくれました。
「最初からちゃんとやっていれば、こんなことにならなかったのに。」
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復職、その後

 すっかり更新のペースが落ちてしまいました。それどころか、みなさんのブログの「読み逃げ」さえ出来なくなって、本当に申し訳なく思っています。帰宅すると気力が萎えてしまって、何をする気もなく横になってしまう生活が続いています。

 実は・・・また不眠の症状が表れてきてしまいました。23時前には布団に入りますが、決って2度ほど目が覚めてしまい、なかなか寝付けない状態が先週の半ばから続いています。4時頃に目が覚めるともう眠れなくなるので、そのまま起床して出社しています。睡眠時間は3時間ほどだと思います。

 6月21日という期限付きの引継ぎを続けています。その中にはすでに実務に入っているもの、これから始まるものがあります。同僚曰く「まだ7割ほど」の引継ぎしかしていないそうですが、すでに休職前の業務量を超えています。7時ぐらいに出社して不慣れで時間のかかる仕事は始業前に済ませてしまい、日中は引継ぎや実務、そして就業時間後19時ぐらいまで1日のまとめをしています。

 業務量の多さと、引継ぎのペースに追いついていけません。物覚えの悪さが1番の原因だと思いますが、実質3週間しか勤務していないのに、こういうことを言うのは甘えでしょうか? 室長や部長は
「ゆっくり時間をかけて慣らしていけばいい。」
と仰って下さったし、自分もそのつもりでフルタイムでの復帰を希望しましたが、その思いが大きくかけ離れてしまって戸惑っています。

 胸の中にしまっておけず、カミさんに正直なところを伝えました。ショックでがっくり肩を落とす姿を想像していましたが、
「1年8ヶ月休職していたのに、いきなりそんな大量の仕事出来る訳ないじゃない! あと1ヶ月しか引継ぐ時間がない人の仕事を、なぜあなたがやらなければいけないの?」
と、落ち込むどころかかなりの剣幕でした。そんなカミさんからの勧めもあって、社内にある健康サポートセンターにカウンセリングの依頼を出しました。明日の午後、すべて話をしてくるつもりです。室長にも連絡をし、受診することを伝えました。

 上司にも相談しようと思いましたが、帰りのエレベーターでたまたま一緒になった時、
「まだまだこんなもんじゃないからね。いなくなったらもっと大変だよ。」
と言われ、話すタイミングを逸してしまいました。

 土曜日は予定外でしたが主治医のカウンセリングも受けました。
「フルタイムを勧めなかったのは、あなたの体の負担のことだけじゃなくて、1日会社にいることで周りの人たちが、あなたが病み上がりだということを忘れてしまうからなんです。外から見える病気じゃないからなおさらなんですよ。所詮人ごとなんです。すぐに上司の方に相談して、早急に環境を改善してもらって下さい。」
というアドバイスでした。

 この病気になって、初めて自分の限界に気付きました。趣味でもNPOでも相棒の手伝いでも、体が限界を感じると睡眠に表れてくるんです。それが今なんです。

 このような記事を書くのは躊躇しました。「やっぱり復職してもダメじゃないか。」と思われること、同じ部署の誰かしらはこの記事を読むからです。でもダメなのは事実だし、これ以上続けることがどれほど危険で恐ろしいことか、自分が1番分かっているからなんです。

 そろそろ休みます。そして、明日に備えます。今日もコメント出来ず、またお邪魔出来ないことをお詫びします。

復帰の1週間が終わりました

復職して、あっという間に1週間が終わりました。月曜日に全員朝礼での挨拶に始まり、新しい上司とチーム員との仕事が始まりました。出退勤や行動予定はPCで管理しているのでその辺りから復習を始め、仕事上使用する管理や検索システムの復習。検索式を思い出すのがちょっと大変でした。それから休職中の会議の議事録をすべて読んで、部署の流れや現在の体制を把握してみました。実際の仕事としては、簡単な引継ぎや守備範囲の説明を受け、作成する資料のデータを確認しました。就業はフルタイムです。7時前に出社してコーヒーを飲んだりして始業時間まで過ごし、夕方は6時頃に退社します。今週はこういったところです。

例の上司とも挨拶を交わしましたが、体調に変化は無し。
「元気そうでよかったよ。」
なんて心にも無いことを言っていました。以前は顔を見ただけでも過呼吸や発汗があったものですが、1番心配していた状況も何とかクリア出来ました。一方面談の際に相手をして下さった室長や部長は2回ずつ、人事部の担当の方も1回職場に様子を見に来て下さいました。ありがたいことです。
「お忙しい時間にすみません。」
「別におまえの様子見に来た訳じゃないよ。でも元気そうだな。」
室長や部長は、まったく同じ様なことを言って帰っていきます。それを聞いている上司は思わず吹き出してました。

すでに今日から来月5日までGW休暇(6日は出勤)です。休みが明けると本格的に仕事に入ります。週に2回会議が予定されているし、入力する仕事も溜まっていました。体調に変化が無いので、少しぐらいは忙しい方がいいかな・・・と思っています。もちろん無理は禁物ですが、チームの連中と同じ目線に立った方が逆に気が楽なような気がします。たくさんの応援をありがとうございます。
ただ、平日はやはりブログの更新がなかなか出来ません。みなさんのところへお邪魔して「読み逃げ」しています。お許し下さい。



今日東北にお住まいのお知り合いの方から、とっても素敵なプレゼントが届きました。苗字の入った木札です。しかも手彫りの非常に味わいのある字体で、木の質感もぬくもりややさしさを感じます。とても趣味で作ったものとは思えない出来映えでした。しかも、うれしいことに相棒にも同じものを作って下さいました。先ほど本人に手渡しましたが、えらく感動していました。
早速ギターケースの取っ手に付けました。シブ~。さりげないアイテムとして、とても気に入りました。ありがとうございます!

明日は静岡で、「やまぼうし井戸端ライブ」の第2回目が行われます。木札を付けたギターを持って、思う存分歌ってきます。

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いただいた木札です。シブイでしょ?

そんなもんなのかな・・・

今日は記事を書く予定はありませんでしたが、呆れるのを通り越して思わず笑ってしまった出来事があったので、少しだけ書いてみようと思います。

今日、会社から2通の封書が届きました。1通は人事部から、もう1通は所属していた部署からのものでした。人事部からのものは復職を前にして、手続き書類や「無理をなさらず、ご自身のペースで」といった体調を気遣う文書が入っていました。一方所属部署からのものは、グループ会社が募る団体保険の申込書。他には何もなく、本当に申込書だけの中身でした。その申込書を裏表見てみたり、封筒をひっくり返したりしましたが、挨拶文が何もないことを確認すると思わず笑いがこみ上げてきました。

先日同僚から、
「今日(7日)会議で、ギターオヤヂさんの復帰が21日からということが公表されましたから。」
という連絡をもらいました。すでにそれから1週間以上経過しているし、来週の月曜日からの出社ですから職場の全員がそれを知っているはず。それなのに部署からの封書には「送付しますので査収下さい」どころか、誰が送ったものなのか印ひとつ押してありませんでした。

上司も上司なら部下も部下・・・ごく普通にこんなフレーズが浮かんできました。復帰を喜ぶようなお世辞や社交辞令が欲しいというのではありません。既述のように封書を送るならそれなりの挨拶文ぐらい入れない? と思った訳です。知らない仲ではないのだから、ポストイットに走り書きだって十分です。単に常識が欠落しているのか、自分の仕事を押し付けられた腹いせか、それとも病気で長期休職したことに対して怠惰な人間と思われているのか・・・あくまで想像の域は出ませんが、あまりにも対照的な2通の封書に余計なことをあれこれ考えてしまった訳です。

でも大丈夫です。以前のように、これでへこむような心体ではありません。もし実際にそう思われているとしても、どうぞご勝手にという気持ちで出社します。つくづくこの部署に戻らなくてよかったと思いました。
カミさんに笑いながら、
「そんなもんかなぁ。」
と言ったら、実にあっけらかんとこう返事されました。
「そんなもんだよ!」
これが簡単にへこまなくなった要因かもしれません。

復帰へのカウントダウン

復職日が決ってから、初めて部署の上長(室長)と面談を行いました。「構えないで、ざっくばらんに話をしよう。」とメールを送って下さった上長、実は自分が入社する際に面接をしていただいた方で、入社後お互いが毎朝午前6時半に出勤していたので、必ず休憩室でモーニングコーヒーを飲みながら、いろいろな話をしていました。ライブにも奥様同伴でよく足を運んでいただき、その度にたくさんの差し入れも頂戴しました。その後異動があり、各事業所の工場長を歴任し現事業所の人事部を経て、5年ぶりに取締役に昇進されて古巣に復帰されました。

約束の11時前に駐車場に着いてしまい、時間調整をしようと思っていた矢先、「おい。」と声を掛けられて顔を上げるとその上長が笑いながら立っていました。
「おまえ、ずいぶん頭が白くなったなぁ。時間早いけど、行こうや。」
ということで応接室へ通されました。お目にかかるのは本当に久しぶりのことでした。
「人事部に来た時、おまえが休職してるって聞いて驚いたよ。」
こんな会話から始まり、世間話や病気や足の状態、復帰後どのチームで仕事をしたいのかといった話に終始しました。これまでの面談の状況もすべて把握しておられて、ピンポイントで「その時はどんな気持ちだった?」と神妙な表情で自分の説明を聞いて下さいました。

雑談の中で、休職中に始めた様々な活動について話をしました。親友の心遣いでラジオや「歌のおまけ付き教育講演会」、そして「夢楽団」に関わって、引き篭もりになることを回避出来たと伝えました。この病気と向き合っている方々が、すべてこのような状況で回復出来るとは少しも思っていませんが、自分にはたまたまこのような環境が合ったのだと感じています。それを聞いた上長が、こんなことを仰いました。

「僕が人事にいた時に、健康サポート部を立ち上げてね。社員の心と体のケアや相談の窓口として今も機能しているんだけど、この事業所にも多かれ少なかれメンタルな面に悩みを持っている社員がいる。おまえのように苦しい時期から回復した人間なら、そこでスタッフとして経験を生かすという方法もある。身障者の社員のケアも必要だし、そういうお客様もお見えになるから、おまえなら僕たちが気付かないことでも気付くと思うんだ。そういう活動をしているなら、将来的にその方面での仕事という選択肢もある。1~2年かけて体を完全に戻したところで、そういう意志があれば異動することは吝かじゃない。せっかく立ち上げた部署だし悩んでいる社員が多いから、本当に任せられるスタッフに就いてほしいと思っている。」

意外な展開でした。もちろんこれまでの仕事を続けていく気持ちでいます。ただ、将来的にそのような仕事に就くことにも少し興味が湧いてきました。上長は人との繋がりをとても大切にされる方です。自分の活動について、理解いただいたのかもしれません。いずれ時期が訪れた時は考えてみようと思います。

面談は12時に終わりました。貴重な時間を割いて、1時間以上も自分に付き合って下さいました。出掛ける前は少しだけ緊張していましたが、終わった時は復帰がより現実味を帯びて見えてきました。
「もう少し日があるから、仕事のことでも足のことでも相談したいことがあったら、人事を通さなくていいから直接僕にメールしてくれ。」
駐車場までの間、このように仰っていただきました。車に乗ってもう一度お礼を言うと、
「21日は普通に出社すればいいからな。心配するな。」
と、ひとこと。これにはガツンと響きました。うれしかったです。

今日2日は、チビの入園式でした。そして7日は長男の中学入学式。同じ春でも4月に月替りしたことで、別れから出会い、そして再スタートの時期に生活が移ってきました。復帰まであと19日です。
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