「トワイライトエクスプレス」復活に思う

3月12日に廃止になった寝台特急「トワイライトエクスプレス」が、5月16日に団体ツアー専用列車となって早くも復活を遂げた。その呼称は「特別なトワイライトエクスプレス」。ロイヤルとスイート、展望車、食堂車の計8両編成で、大阪駅から琵琶湖を1周し、その後山陽本線を一晩かけて下関駅へ向かうという。上りはその逆で終着が京都駅となる。料金は1名20~30万円という設定だ。もちろんツアーに申し込まないと乗車することは出来ない。まさに「特別」なのだ。

終焉の日、多くのファンに見送られて北へ旅立ち、帰阪した上り列車を出迎えたあの「想い」はいったい何だったのだろうか。惜別の悲しさやこの列車を守ってきたスタッフへの感謝を込めて、それぞれが心の中にある「トワイライトエクスプレス」にピリオドを打ったはずなのに、舌の根も乾かぬうちにとんでもない豪華仕様(豪華車両ではない)になって戻ってきた姿を見て、絶句したのは自分だけではなかったはずだ。しかも、車両の老朽化と北海道新幹線のテスト運行が廃止の理由だが、さらに次回車検の平成29年まで走らせるというから驚きだ。

この復活を喜んでいる人もいるだろう。鉄道ファン、スタッフ、そして高額な料金を支払って乗車する人たち。JR九州の「ななつ星」が盛況なことから、まだ走れるのなら復活させてJR西日本もそれに肖ろうとしたのだろうが、それはもはや「トワイライトエクスプレス」ではない。

わずか2ヶ月での復活が横暴なら、運用の設定はまったくの中途半端。夕暮れの日本海を望める山陰本線ではなく、瀬戸内海に面した山陽本線を選択したからだ。単線区間が多い山陰本線より複線でダイヤに余裕のある山陽本線の方が理に叶っていることは理解出来るが、列車名とそのイメージを大切にするのなら、時間をかけても山陰本線での走行を実現すべきではなかったか。こういった「企画物」が自社の路線内しか走行出来ないのなら尚更だ。7月からは山陰本線での運用もあるらしいが、ダイヤが発表されていないのでこれまた見切り発車になるのではと懸念している。

誰にでも通常料金のチケットを購入出来るチャンスを持ち、それを手にした幸運な人たちのみが北海道への旅を満喫するための特別列車ならば納得もいく。だが、上述のように何もかもが中途半端で高額な料金を支払わなければ利用出来ない列車ならば、無理をして復活させるべきではなかったのではないか。自分はそんな「特別なトワイライトエクスプレス」に微塵の魅力も感じない。


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昭和の国鉄をNゲージで楽しむ

先日のブログでも書きましたが、平成になってから鉄道の趣味は等閑に。列車を使って旅をしようと思わなくなったし、車両を見てもときめかなくなってしまったし、時刻表も手にすることさえなくなってしまいました。以前の熱い想いは、「昭和」という時代に置いてきたからだと思います。唯一続けているのは、たま~に思い出したように購入するNゲージの鉄道模型です。集めているのは、「昭和」を走り抜いた懐かしい車両ばかり。実は、これまでジオラマを2回製作しましたが、1回目は長男、2回目は二男という怪獣の標的にされて、見るも無残な姿となってやむなく廃棄。車両だけは隠してあったために、現在でもきれいなまま押し入れで眠っています。

所有しているのは編成が21セット、この中には「つばめ」や「あさかぜ」、「0系新幹線」「トワイライトエクスプレス」等が含まれています。バラの車両は恐らく300両を超えているでしょうから、合計で460両はあるはず。同じ車両を購入しないように気をつけてはいますが、一度棚卸をして一覧表を作った方が良さそうです。

今年になって手に入れたのは、「EF30」と「EF57」という電気機関車です。両方とも程度の良い中古品をヤフオクで落としました。自分の場合は、ほとんどが中古です。「EF30」は下関~門司間だけに運用された機関車で、関門トンネル内の海水による塩害対策のために、車体がステンレスで出来ています。登場は1960年、終焉は1987年で、計21両が製造されました。電化は下関までが直流(1500V)、門司からは交流(20000V)で設定されたため、どちらにも対応可能な交直流電気機関車が必要となりました。なので、直通運転される寝台列車や貨物列車は、必ず両駅で機関車の付け替えが行われていた訳です。区間は僅かですが、とても重要な役割を担っていた機関車でした。

一方「EF57」は直流電気機関車で、登場は1940年、終焉は1978年で、計15両が製造されました。それぞれ沼津・高崎・長岡と転属が続き、最終的に宇都宮運転所に全車両(12号機は事故で廃車)が集結となりました。両端にデッキを要し、チョコレート塗装のいかにも古いスタイルですが、東海道線では特急列車をけん引するなど華やかな活躍をしました。今回手に入れたのは1号機。実は、この車両のみ屋根上のパンタグラフが中央寄りに配置されています。2号機以降は改造されて、このパンタグラフは両端に変更されているために、1号機は貴重な存在となっています。

こんなどうでもいい知識がついているがために、気が向くと掘り出し物が無いかとネットの中を徘徊しています。今は走らせる線路もありませんが、日本の模型の精密さから栄華を誇った昭和の国鉄車両を、せめて模型で残したい・・・そんな風に思っています。特にSLを含めた機関車が好きなので、年に3~4両ずつコツコツと集めていくつもりです。

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写真左から EF30  EF57 1号機

来る者 去る者

3月14日、北陸新幹線が開業しました。土日のニュースはこれ一色でした。50年来の悲願が実現したわけですから、金沢をはじめ沿線の方々の盛り上がりは半端ではなかったでしょう。特に金沢駅の賑わいは凄かったですね。ただ気になったのは、映像で紹介されるのは金沢駅がほとんどで、少しだけ富山駅が映った程度。長野駅から先はこの2つの駅しかないのか? と錯覚してしまいそうなほどの偏り方でした。

観光客に限れば、黒部宇奈月温泉駅は駅名さえ聞けば黒部観光の起点とわかるのでPRしなくても大丈夫なのかもしれませんが、糸魚川駅や新高岡駅はマイナーで「かがやき」は通過。全列車が停車する富山駅だって、決して安泰ではないでしょう。隣の金沢駅の盛り上がり方が凄すぎて、どうしてもその陰に隠れてしまっているというのが正直なところ。日程にあまり余裕のない旅行者は、知名度のある金沢を選択するのではないかと思ってしまうのです。おまけに名古屋・米原からの特急「しらさぎ」、大阪からの「サンダーバード」は富山駅までの運転が廃止されて金沢駅止まりとなり、富山へ行くには乗り換えを強いられることになりました。これがネックになるような気がしてなりません。

来る者があれば去る者がいます。大阪駅発の寝台特急「トワイライトエクスプレス」が廃止、上野駅発の「北斗星」が定期運行を終了しました。こちらも始発駅や終着駅での盛り上がり方は異常なほどでした。北海道新幹線のテスト走行や車両の老朽化が廃止の理由ですが、確かに車両は改造しているのですでに40年が経過しています。冬は雪の中を走行します。車体をよーく見ると本当にボロボロなんです。名残惜しいのは自分も同感ですが、新型車両の製造も出来ず、メンテナンスにも限界がある以上、この2本の列車に限れば廃止・解体が最善の選択のような気がします。

ただ、時間をお金で買うのなら、遅い方にお金をかける選択肢があってもいいんじゃないでしょうか? 新幹線網が充実すればするほど、定期列車でのんびり移動する方が旅の醍醐味だと感じてなりません。鉄道の趣味が「昭和」で止まってしまった自分にとって、周遊型の「ななつ星」はとても手が出ないし、終着駅のない列車に魅力はありません。しかも、新幹線の開業で特急が廃止されてしまった路線は、採算の関係で次々と第3セクターに移管されています。線名は消え、JRカラーも塗り替えられて、いったいどこの鉄道なのか皆目見当もつかなくなるのではと危惧しています。さびしい限りです。


「北斗星」廃止

寝台特急「北斗星」が、来年3月で廃止されることが発表されました。青い車体で定期運行される寝台特急列車は、JRからすべて消えることになります。青函トンネル開通に伴い昭和63年にデビューした「北斗星」、首都圏から乗り継ぎすることなく札幌まで行くことが出来る夢の列車として、大変な人気を博してきました。ただ、新幹線の開業によりここ数年のうちに3往復から1往復に減らされ、同じ路線を走る「カシオペア」に客を奪われることとなり、廃止は時間の問題と囁かれていました。

北海道新幹線の試験走行はダイヤの空いている夜間に行われるため、同じ時間帯を通過する寝台列車には都合が悪いこと。新幹線は交流2万5千ボルトなので、従来の2万ボルトの機関車では走行不可能になること。そして、製造から30年以上経過している車両の老朽化。これが廃止の理由です。なので、同じ境遇の大阪発「トワイライトエクスプレス」も同時期に廃止となります。だったら「カシオペア」はどうなるんでしょう。

これまで「北斗星」には3度乗車して、上野~札幌間の旅を楽しみました。いずれも下りの利用。説明しなくても何となく分かっていただけますよね? とにかくチケットが取れないと言われていましたが、1回はB個室、2回はA個室に乗ることが出来ました。若い頃寝台列車なんて高嶺の花で、硬い座席の夜行列車で旅をしていた自分にとって、個室での移動は憧れというか夢を叶えたかったからです。

多客期の臨時扱いで残るという話もありますが、上述の設備的な理由から現実的ではありません。とにもかくにも「トワイライトエクスプレス」同様、廃止の日までチケットの取り合いになるでしょう。


トワイライトエクスプレスの引退が決定

「トワイライトエクスプレス」が来春引退することが決まった。JR発足後豪華寝台列車の先駆けとなった「北斗星」に続き、JR西日本の看板列車として登場した寝台列車がついに消える。理由は車両の老朽化だという。1989年から25年間、雪や潮風の中をほぼ1日おきに1500kmも走行してきたのだから仕方のないことだとは分かっているが、あまりにも突然の発表に動揺を隠しきれない。現在も乗車率が70%を超えている人気列車で、トップシーズンには数秒でチケットが完売するという。それでも引退しなくてはならないのには「別の理由」もあるようだ。

「ブルートレイン」と言われながら車体はダークグリーン。大きくなった窓と牽引する機関車のEF81も同じ塗装を施された姿は「オリエント急行」を彷彿させる。自分はこれまで運よく3度乗車したことがある。1度目はB個室を利用して長岡駅~札幌駅間、2度目はA個室で始発の大阪駅から終着の札幌駅まで、3度目はやはりA個室で今度は逆のコースを乗車した。時期はすべて運行開始から10年のうちで、ここ15年間はまったくのご無沙汰ということになる。
狭いB個室でも初めての個室は自分だけの空間を独占出来る優越感から、ワクワクして一睡もしなかったことを憶えているし、A個室は関西人の派手好みを意識したのかワインレッドのソファーベッドや金色の取っ手や手すりが取り付けられ、「北斗星」のそれよりも豪華さを醸し出していた。サロンはすべて海側にシートが向けられ、予約が必要だが食堂車でフレンチのフルコースも楽しめる。フォアグラを食べた時、青森へ向かう急行「八甲田」の通路に新聞紙を敷いて横になった時を思い出した。
駅に停車すれば、カメラを抱えた鉄道ファンがお構いなしに窓越しに写真を撮るし、列車の交換時には隣の車両から羨望の眼差しを注がれる。貧乏旅行を経験しているからこそ豪華さをより楽しめる・・・勝手にそんなことを思って勝手に納得ている自分がいた。

この「トワイライトエクスプレス」は3つの編成が必要だった。上り列車の所要時間が下りを50分上回るために、12時発の下り列車が発車した30分後に上り列車が到着するからだ。通常2編成あれば事足りるのだが、これも足かせになっていたのかもしれない。

冒頭の「別の理由」だが、現在函館まで建設中の新幹線は当然青函トンネルを使用する。レールの幅が変わるし、架線の電圧も2万ボルトから2万5千ボルトに昇圧される。そのため従来の車両が走行出来なくなるのだ。従って「北斗星」や「カシオペア」も廃止せざるを得なくなり、決して老朽化の為だけではない理由に、鉄道ファンは戦々恐々としているはずだ。
決して「使命を終えた」訳ではなく、観光的な魅力は今なお衰えてはいない。それを敢えて廃止することは、この国の鉄道にどんな影響を与えるのだろう。頑張っても簡単には手の届かない「七つ星」よりも、少し頑張れば乗ることが出来る豪華で快適な列車を残してほしいし、移動の手段だけでなく、目的地までのワクワク感を演出するような存在であってほしい。機会があればぜひもう一度乗ってみたい。


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